2007年
04月
19日
(木)
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ダイ・シージエの『バルザックと中国の小さなお針子』(新島進・訳、ハヤカワepi文庫)を読む。
一九七一年、中国。父親が歯科医の羅(ルオ)と両親が医師の馬(マー)、二人の若者は知識階級の反革命分子とみなされ、再教育のため電気も水道も時計もない鳳凰山に下放される。そこで出会った仕立屋の娘・小裁縫はこのあたりで一番の美女で、羅と小裁縫は恋に落ちる。羅は彼女を教養のある娘にすべく、禁断の西洋文学を読んで聞かせる。
『中国の小さなお針子』(ダイ・シージエ監督)を観たことがあるので、読みながら光景がありありと浮かんできた。小裁縫を演じた周迅(ジョウ・シュン)の若々しいエロスが匂うようであった。
羅も馬も、自分たちが親元へ帰されることはないと思い、いつ果てるとも知れない肉体労働に従事している。村長の命令で片道に二日かかるふもとの町に行って映画を観たり(その映画の筋を村人の前でおもしろ可笑しく語るため)、小裁縫と話す位しか楽しみのない閉塞的な状況にある。しかしながら、『丁庄の夢』を読んだ後では、お伽話のよう。未来に暗雲は立ちこめておらず、人々の素朴さ、自然の雄大さが印象に残る。
一九七一年、中国。父親が歯科医の羅(ルオ)と両親が医師の馬(マー)、二人の若者は知識階級の反革命分子とみなされ、再教育のため電気も水道も時計もない鳳凰山に下放される。そこで出会った仕立屋の娘・小裁縫はこのあたりで一番の美女で、羅と小裁縫は恋に落ちる。羅は彼女を教養のある娘にすべく、禁断の西洋文学を読んで聞かせる。
『中国の小さなお針子』(ダイ・シージエ監督)を観たことがあるので、読みながら光景がありありと浮かんできた。小裁縫を演じた周迅(ジョウ・シュン)の若々しいエロスが匂うようであった。
羅も馬も、自分たちが親元へ帰されることはないと思い、いつ果てるとも知れない肉体労働に従事している。村長の命令で片道に二日かかるふもとの町に行って映画を観たり(その映画の筋を村人の前でおもしろ可笑しく語るため)、小裁縫と話す位しか楽しみのない閉塞的な状況にある。しかしながら、『丁庄の夢』を読んだ後では、お伽話のよう。未来に暗雲は立ちこめておらず、人々の素朴さ、自然の雄大さが印象に残る。
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