2007年
03月
09日
(金)
17:01 |
編集
ヨハン・ラインハルトの『インカに眠る氷の少女』(畔上司・訳、二見書房)を読む。
スペイン人が侵攻する以前の南米、インカでは神に対する人身供犠が行われており、いけにえに選ばれることは名誉なことだった。ある一人の少女は標高六三一〇mのアンパト山(現在のペルー)山頂付近で神に捧げられたが、五百年後の一九九五年、「私」と地元登山家のミキ(ミゲル)によって良い状態のまま発見される。彼女にはフワニータという愛称が与えられ、やがて「氷の少女」として世界中で有名になる。「私」は南米の他の高山の祭祀遺跡にもフワニータのようなミイラが眠っているのではないかと探し始めるが、それは乱暴な盗掘者達(彼らはしばしばダイナマイトを使う)に先んじるための時間との戦いでもあった。
「私」ことヨハン・ラインハルトはアメリカ人で、一九八〇年以降は二十年もアンデス地方で人類学研究をしている。ペルーで氷の少女を発見した直後、「私」は考古学者ホセ・アントニオ・チャーベスの在籍するカトリック大学にミイラを預けることにし、混乱が生じるのでマスコミへはまだ情報公開しないで欲しいと要望するが、文化研究所の考古学者パブロ・デ・ラ・ベラ・クルスが何かと邪魔をする。嫉妬と猜疑心と功名心の三点セットを隠そうとしないパブロ。「私」は永年のつき合いからホセを信頼し、パブロを信頼していないのだが、なるほどと思う。「パブロとホセは、ともに大学生だったときから憎しみあっていたし、パブロは、カトリック大学の宿敵である国立大学で教鞭を執っていた」……二人の出会いがどんなだったのか知らないが、確執に年期が入っているのは確からしい(パブロの言い分も聞いてみたい気がする)。
やがて「氷の少女」の元に研究者が集まり、ヨーロッパからはアイスマン(アルプス山中で発見された氷結ミイラ)チームもやってくるが、みな彼女と関わりたがって現場は混乱する。その中で、先コロンブス時代のアンデス地方の織物の専門家でアメリカ人のウィリアム・コンクリンが、自分の為すべき事を知っていて好感を持った。例えば、ミイラが纏っていた衣装も凍っているが、調査のため解凍したり冷凍したりを繰り返して傷むことを懸念すると、コンクリンはアメリカ合衆国ですでに繊維の凍結解凍実験を行っており悪影響が出ないことを知っていた。
「この繊維はアルパカ製だから、そういう条件下でも生きていきます」
打てば響くような専門家ぶりにほれぼれした。
「氷の少女」発見後もミイラは発見され(時には盗掘者によって破壊されていた)、一九九八年、「私」がミスティ山(ペルー)に登る時、アルゼンチンの二五歳の考古学者コンスタンツァ・セルーティがパーティーに加わる(コンスタンツァは黒髪で意志の強そうな目をした屈強な美女……とは書いてないが勝手に想像した)。この登山の後に行われたユヤイヤコ山(アルゼンチン)への登山には、コンスタンツァの他にアルゼンチンの学生三人が参加するが、そのうちの一人アントニオとコンスタンツァの仲が険悪になる。アントニオはコンスタンツァを自分にだけ無愛想でいばっていると感じていたのだ。二人が和解して親しくなったら、コンスタンツァはツンデレ認定だなと思った。
しかし、少女のミイラ二体と少年のミイラが発見され、それどころではなくなる。カバー写真にもなっている年上の方の少女は、髪を何十本もの三つ編みにしており、それが崩れておらず、まるで眠っているかのようで、「乙女よ、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」と声を掛けたくなるような姿をしていた。
一緒に発見されたこのミイラ三体はDNA分析をされ、見ただけでは判らなかった様々なことが明らかになるくだりは読んでいて興奮した。科学でここまでわかるのかと。三人は兄弟姉妹ではなく、母方が近親者でもない。年上の少女は現在のペルー南部のカナバコンデ村の住人と近く、少年はユヤイヤコ山からはるか南方にいたマプチェ族に近いらしい。(ちなみにコンスタンツァのDNAも分析され、ネイティブアメリカンの血が流れていることが明らかになり、彼女を驚かせ喜ばせた)。ミイラが五百年前に確かに生きて暮らしていた人だと感じられた。
高山での発掘の辛さ、人間関係の困難が世紀の大発見の背景にあったことが生々しく書かれていて面白かった。
フワニータを発見した時に一緒だったミキと「私」は十五年来の知り合いだったのに、それっきりになってしまった。ミキは自分が軽んじられているように感じたのだろうか。
ナショナルジオグラフィックスが資金提供をしているため、情報はナショジオに真っ先に公開されるし、ラインハルトは赤裸々に語っているようだが自分に不都合なことを隠しているのではという疑念は常に付きまとったが、興味深い一冊だった。
ところで、フワニータは日本にも来ている。一九九九〜二〇〇〇年に巡回展(悠久の大インカ展)があり、ポスターには頭に赤い羽根飾りを着けてこちらを見つめる生前のフワニータを思わせる少女のイラストが描かれていた。描いたのはクリス・クラインで、モデルはホセの娘だったそうだ。

スペイン人が侵攻する以前の南米、インカでは神に対する人身供犠が行われており、いけにえに選ばれることは名誉なことだった。ある一人の少女は標高六三一〇mのアンパト山(現在のペルー)山頂付近で神に捧げられたが、五百年後の一九九五年、「私」と地元登山家のミキ(ミゲル)によって良い状態のまま発見される。彼女にはフワニータという愛称が与えられ、やがて「氷の少女」として世界中で有名になる。「私」は南米の他の高山の祭祀遺跡にもフワニータのようなミイラが眠っているのではないかと探し始めるが、それは乱暴な盗掘者達(彼らはしばしばダイナマイトを使う)に先んじるための時間との戦いでもあった。
「私」ことヨハン・ラインハルトはアメリカ人で、一九八〇年以降は二十年もアンデス地方で人類学研究をしている。ペルーで氷の少女を発見した直後、「私」は考古学者ホセ・アントニオ・チャーベスの在籍するカトリック大学にミイラを預けることにし、混乱が生じるのでマスコミへはまだ情報公開しないで欲しいと要望するが、文化研究所の考古学者パブロ・デ・ラ・ベラ・クルスが何かと邪魔をする。嫉妬と猜疑心と功名心の三点セットを隠そうとしないパブロ。「私」は永年のつき合いからホセを信頼し、パブロを信頼していないのだが、なるほどと思う。「パブロとホセは、ともに大学生だったときから憎しみあっていたし、パブロは、カトリック大学の宿敵である国立大学で教鞭を執っていた」……二人の出会いがどんなだったのか知らないが、確執に年期が入っているのは確からしい(パブロの言い分も聞いてみたい気がする)。
やがて「氷の少女」の元に研究者が集まり、ヨーロッパからはアイスマン(アルプス山中で発見された氷結ミイラ)チームもやってくるが、みな彼女と関わりたがって現場は混乱する。その中で、先コロンブス時代のアンデス地方の織物の専門家でアメリカ人のウィリアム・コンクリンが、自分の為すべき事を知っていて好感を持った。例えば、ミイラが纏っていた衣装も凍っているが、調査のため解凍したり冷凍したりを繰り返して傷むことを懸念すると、コンクリンはアメリカ合衆国ですでに繊維の凍結解凍実験を行っており悪影響が出ないことを知っていた。
「この繊維はアルパカ製だから、そういう条件下でも生きていきます」
打てば響くような専門家ぶりにほれぼれした。
「氷の少女」発見後もミイラは発見され(時には盗掘者によって破壊されていた)、一九九八年、「私」がミスティ山(ペルー)に登る時、アルゼンチンの二五歳の考古学者コンスタンツァ・セルーティがパーティーに加わる(コンスタンツァは黒髪で意志の強そうな目をした屈強な美女……とは書いてないが勝手に想像した)。この登山の後に行われたユヤイヤコ山(アルゼンチン)への登山には、コンスタンツァの他にアルゼンチンの学生三人が参加するが、そのうちの一人アントニオとコンスタンツァの仲が険悪になる。アントニオはコンスタンツァを自分にだけ無愛想でいばっていると感じていたのだ。二人が和解して親しくなったら、コンスタンツァはツンデレ認定だなと思った。
しかし、少女のミイラ二体と少年のミイラが発見され、それどころではなくなる。カバー写真にもなっている年上の方の少女は、髪を何十本もの三つ編みにしており、それが崩れておらず、まるで眠っているかのようで、「乙女よ、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」と声を掛けたくなるような姿をしていた。
一緒に発見されたこのミイラ三体はDNA分析をされ、見ただけでは判らなかった様々なことが明らかになるくだりは読んでいて興奮した。科学でここまでわかるのかと。三人は兄弟姉妹ではなく、母方が近親者でもない。年上の少女は現在のペルー南部のカナバコンデ村の住人と近く、少年はユヤイヤコ山からはるか南方にいたマプチェ族に近いらしい。(ちなみにコンスタンツァのDNAも分析され、ネイティブアメリカンの血が流れていることが明らかになり、彼女を驚かせ喜ばせた)。ミイラが五百年前に確かに生きて暮らしていた人だと感じられた。
高山での発掘の辛さ、人間関係の困難が世紀の大発見の背景にあったことが生々しく書かれていて面白かった。
フワニータを発見した時に一緒だったミキと「私」は十五年来の知り合いだったのに、それっきりになってしまった。ミキは自分が軽んじられているように感じたのだろうか。
ナショナルジオグラフィックスが資金提供をしているため、情報はナショジオに真っ先に公開されるし、ラインハルトは赤裸々に語っているようだが自分に不都合なことを隠しているのではという疑念は常に付きまとったが、興味深い一冊だった。
ところで、フワニータは日本にも来ている。一九九九〜二〇〇〇年に巡回展(悠久の大インカ展)があり、ポスターには頭に赤い羽根飾りを着けてこちらを見つめる生前のフワニータを思わせる少女のイラストが描かれていた。描いたのはクリス・クラインで、モデルはホセの娘だったそうだ。

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