日記、読書、映画。
機械之心
ブルーベリー
2008年 03月 31日 (月) 00:01 | 編集
ウォン・カーウァイ監督の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観る。
ニューヨーク。恋人に心変わりされたエリザベス(ノラ・ジョーンズ)は、カフェのオーナー、ジェレミー(ジュード・ロウ)に「彼が来たら渡して」と合い鍵を預けるが、心は傷んだまま。ある晩、店じまいをしているジェレミーが、売れ残りのブルーベリーパイを丸ごと捨てようとするのを見て、一切れ食べる。以来、ブルベリーパイのアイスクリーム添えを食べるのが彼女のお決まりになった。ある日、バスに乗って彼女は街を離れ、新しい街でリジーやベスやベティ(どれもエリザベスの愛称)と名乗ってダイナーやバーで働き、ときどきジェレミーに葉書を送る。ジェレミーは彼女からの葉書を待ちわびていた。
どうして香港の街が舞台でなかったのだろう。ウォン監督は、ノラ・ジョーンズと出会い、彼女がアメリカ人だからアメリカを舞台にしたと語っていたが、ところどころで香港にしか見えない場面があった。特にジェレミーのカフェは、カップケーキやパイが並んでいても香港の食堂の雰囲気があった。防犯カメラの写りの悪い映像と、その映像の中で突然始まった殴り合いは、まるで香港(香港映画)。
エリザベスは、女性ギャンブラーの レスリー (ナタリー・ポートマン)と知り合い行動を共にするが、ポートマンの胸の大きさがしょっちゅう変わっていた。同じ衣装を着けた同じ場面でも、撮影した日が違うのか、下着を着けていたりいなかったり。一番大きくなっていたのは、キャミソールを着てエリザベスとモーテルのベッドにいる場面。仰向けになっているのにぽっこりと膨らんでいた。一番小さいのは病院の前で、ぴったりしたシャツを着ていたが、かすかにわかる程度のふくらみしかなかった。今月はポートマンが登場する映画を三本も観てしまった。ポートマンのファンでもないのに。
ところで、好きな女の子に好意を告げることが出来ずにいるのはともかく、彼女の意識のないところでキスをするのは卑怯だ。押しつけがましいし、ひいき目に見てもセクハラ。自分があんなキスをされたとわかって、「こんなに愛されている私」「キスしたくなるほど魅力的な私」と思う女がいたら、それは大いなる勘違いだ。
誰も注文しないブルーベリーパイは、「蓼食う虫も好き好き」という意味なのだろう。捨てる神あれば拾う神ありとか。スクリーンに映るアメリカの景色は美しいが、印象は散漫。
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