2007年
01月
30日
(火)
23:08 |
編集
怪しい隣人vol.11 @CLUB Que(下北沢)
青山陽一のライブ。ゲストはおおはた雄一、bird。
おおはた雄一、不勉強でまったく知らなかったが、大変素晴らしいギター弾きだった。ラップスティールの佐藤克彦との息もぴったり。佐藤を信頼し尊敬しているらしいことは、何度も佐藤の名前(かっちゃん)を呼んで紹介したのでわかった。アメリカのどこかのダイナーで夜明けに薄いコーヒーを飲んでいたり、椰子の木のある海岸を歩いたり、スコットランドの荒れ地を歩いているような気持ちにさせられる演奏だった。
生のbirdは初めて。歌っていない時は華奢で可愛らしい(京都のアクセントで話すのも良い)のに、半眼で歌う姿には大きな力を感じた。髪をまとめて頭のてっぺんにシニヨンを一つ……田舎の古いお寺で大事に祀られている平安後期の十一面観音立像のようにも見えた。青山陽一と歌った「マイペンライ」が格好良かった。
「休符を数えて生きるのは」の前奏が始まると、上海の繁華街を歩いていたらジャズの生演奏が聞こえてきたときのことを思い出した。思い出したというよりも、そこに戻った感じがした。宵の口の南京東路の外れ、夕飯は何を食べようかと思案しながら歩いていた。不安な足取りで。
この「休符を……」の主人公は管楽器の演奏者なのだが、この日は青山陽一のギターの他はオルガンとドラムだけで演奏され、口笛の一吹きも無かった。無くても吹奏楽者の悲哀は充分に表現されていた。無いからこその喪失感も。
青山陽一のライブ。ゲストはおおはた雄一、bird。
おおはた雄一、不勉強でまったく知らなかったが、大変素晴らしいギター弾きだった。ラップスティールの佐藤克彦との息もぴったり。佐藤を信頼し尊敬しているらしいことは、何度も佐藤の名前(かっちゃん)を呼んで紹介したのでわかった。アメリカのどこかのダイナーで夜明けに薄いコーヒーを飲んでいたり、椰子の木のある海岸を歩いたり、スコットランドの荒れ地を歩いているような気持ちにさせられる演奏だった。
生のbirdは初めて。歌っていない時は華奢で可愛らしい(京都のアクセントで話すのも良い)のに、半眼で歌う姿には大きな力を感じた。髪をまとめて頭のてっぺんにシニヨンを一つ……田舎の古いお寺で大事に祀られている平安後期の十一面観音立像のようにも見えた。青山陽一と歌った「マイペンライ」が格好良かった。
「休符を数えて生きるのは」の前奏が始まると、上海の繁華街を歩いていたらジャズの生演奏が聞こえてきたときのことを思い出した。思い出したというよりも、そこに戻った感じがした。宵の口の南京東路の外れ、夕飯は何を食べようかと思案しながら歩いていた。不安な足取りで。
この「休符を……」の主人公は管楽器の演奏者なのだが、この日は青山陽一のギターの他はオルガンとドラムだけで演奏され、口笛の一吹きも無かった。無くても吹奏楽者の悲哀は充分に表現されていた。無いからこその喪失感も。
home
...

