2007年
01月
29日
(月)
10:00 |
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山形石雄の『戦う司書と追憶の魔女』(スーパーダッシュ文庫)を読む。
若き武装司書ヴォルケンが、館長代行のハミュッツ=メセタに反旗を翻す。先代の館長代行フォトナの薫陶を受け、武装司書は正義であるべきだと信じるヴォルケンにとって、ハミュが肉(神溺教団で記憶を消されて奉仕させられるヒトの通称)達を見殺しにしたことは許し難い裏切り行為であった。
死んだ人間が「本」となる世界で、「本」を収めるバントーラ図書館と「神溺教団」は敵対関係にある。しかし前作で明らかになったように、二つの巨大な組織は単に対立しているわけではない。事情を知らないヴォルケンの情熱の空回りが哀れ。正義を旗印に、高潔であることだけでは武装司書は勤まらない。清濁併せ呑む器量もなければ館長代行にはなれない。というか、館長代行となる位なら、強いばかりでなく相当悪人でもないといけないらしい。
シリーズも五作目だが、登場人物の名前が覚えられない。ハミュッツ=メセタはバッチリなのだが、それ以外は混同したり、思い出せなくて考え込んだり、頁を前に戻ったりすることがよくある。戻っても登場しない場合があるので困る。
挿絵の前嶋重機が十年前のハミュを描いていたが、そのハミュのシャツにはウサギのアップリケがなかった。ウサギはいつからハミュのトレードマークになったのだろう。これは伏線なのか。
若き武装司書ヴォルケンが、館長代行のハミュッツ=メセタに反旗を翻す。先代の館長代行フォトナの薫陶を受け、武装司書は正義であるべきだと信じるヴォルケンにとって、ハミュが肉(神溺教団で記憶を消されて奉仕させられるヒトの通称)達を見殺しにしたことは許し難い裏切り行為であった。
死んだ人間が「本」となる世界で、「本」を収めるバントーラ図書館と「神溺教団」は敵対関係にある。しかし前作で明らかになったように、二つの巨大な組織は単に対立しているわけではない。事情を知らないヴォルケンの情熱の空回りが哀れ。正義を旗印に、高潔であることだけでは武装司書は勤まらない。清濁併せ呑む器量もなければ館長代行にはなれない。というか、館長代行となる位なら、強いばかりでなく相当悪人でもないといけないらしい。
シリーズも五作目だが、登場人物の名前が覚えられない。ハミュッツ=メセタはバッチリなのだが、それ以外は混同したり、思い出せなくて考え込んだり、頁を前に戻ったりすることがよくある。戻っても登場しない場合があるので困る。
挿絵の前嶋重機が十年前のハミュを描いていたが、そのハミュのシャツにはウサギのアップリケがなかった。ウサギはいつからハミュのトレードマークになったのだろう。これは伏線なのか。
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