2007年
05月
23日
(水)
00:01 |
編集
テンプル・グランディン&マーガレット M.スカリアノの『我、自閉症に生まれて』(カニングハム久子・訳、学習研究社)を読む。
先に読んだ『動物感覚』のグランディンの、以前の著作。物心がついてから思春期を経て、自閉症を克服するまでの半生記。『動物感覚』では書かれなかった、個人的な部分に重点が置かれている。原書は一九八六年にアメリカで出版されている。『動物感覚』(原題 "Animals in translation" )は二〇〇四年。
テンプル・グランディンは一九四七年生まれ。自閉症という言葉はまだできたばかりで、教育関係者にも誤解している人は多く、愛情不足(虐待や育児放棄、ネグレクトのことか)で発症すると思われたりしている。過敏な神経、癇癪と奇声、強いこだわり、反復行動、工作にみせる才能……グランディンは母親を悩ませはしたが、他のきょうだいと同じように愛情を受けて育ったように見える。愛情は注がれても、中学校の同級生とは交流がうまくいかず、孤立するばかりだったのは、過去のこととはいえ読んでいて辛かった。
彼女の人生を変えた一つは、高校二年の夏休みに叔母の農場で牛樋(興奮した牛を締め付ける装置。この中に入るとどんな牛も落ち着く。『動物感覚』では締めつけ機という名称で登場する)に出会ったことだ。興味を惹かれて使ってみて、自分の接触願望(抱きしめられたい、でも肥った叔母さんに抱かれるのは嫌い)が満たされることを知り、自作し改良を重ねる。これに入ると心が落ち着き、満足し、他人にも優しく接することができるようになったのだが、何か性的な匂いを感じてか、カウンセラーや精神科医はこの道具を使うことに強く反対する。グランディンは実際に何人もの人に締めつけ機に入って貰い、適正な時間と圧力を割り出し、現在では締め付け機には、ある傾向の人々の心を落ち着かせる効果があることが広く知られている。
五十〜六十年代の出来事なため、締めつけ機に対してもそうだが、性的な事柄には強く禁忌が働いている。小学三年生のグランディンがサマー・キャンプに行った時、「おっぱい」や「おちんちん」という新しい言葉を知り、その響きに取り憑かれて何度も口にするが、教師達は顔をしかめるだけで注意をしない。しないくせに、性的に早熟なふしだらな子どもという烙印を押す。それでは子どもは傷つくだけだ。今ではもっと適切な指導法が確立していると思いたい。
傷つくと言えば、グランディンの両親は離婚したのだろうか。両親の関係が悪くなっていたけど気付いていなかったとか、大学の「結婚と家族」のクラスのレポートに「結婚生活においては女は従属的である。私にとってモデルとなるべき結婚を、いまだにひとつとして見たことがない」と書き、「一九七三年のクリスマスは母の家で過ごし」たとか、ほのめかすようなことしか書いていないが、読み落としていなければ離婚したのだろう。
テンプル・グランディンの両親には興味がある。父親は短気で癇癪持ち、母親は十九歳で最初の子テンプルを産んでいる。そして両親の最終学歴は、行動障害児チェック・リストの回答によると、二人とも大学卒。学生結婚だろうか。アメリカの大学はやる気のある学生に開かれているので、少しずつ単位を取ったのかも知れないが、いずれにせよ母親は子育てをしつつの勉強だったことは想像に難くない。
先に読んだ『動物感覚』のグランディンの、以前の著作。物心がついてから思春期を経て、自閉症を克服するまでの半生記。『動物感覚』では書かれなかった、個人的な部分に重点が置かれている。原書は一九八六年にアメリカで出版されている。『動物感覚』(原題 "Animals in translation" )は二〇〇四年。
テンプル・グランディンは一九四七年生まれ。自閉症という言葉はまだできたばかりで、教育関係者にも誤解している人は多く、愛情不足(虐待や育児放棄、ネグレクトのことか)で発症すると思われたりしている。過敏な神経、癇癪と奇声、強いこだわり、反復行動、工作にみせる才能……グランディンは母親を悩ませはしたが、他のきょうだいと同じように愛情を受けて育ったように見える。愛情は注がれても、中学校の同級生とは交流がうまくいかず、孤立するばかりだったのは、過去のこととはいえ読んでいて辛かった。
彼女の人生を変えた一つは、高校二年の夏休みに叔母の農場で牛樋(興奮した牛を締め付ける装置。この中に入るとどんな牛も落ち着く。『動物感覚』では締めつけ機という名称で登場する)に出会ったことだ。興味を惹かれて使ってみて、自分の接触願望(抱きしめられたい、でも肥った叔母さんに抱かれるのは嫌い)が満たされることを知り、自作し改良を重ねる。これに入ると心が落ち着き、満足し、他人にも優しく接することができるようになったのだが、何か性的な匂いを感じてか、カウンセラーや精神科医はこの道具を使うことに強く反対する。グランディンは実際に何人もの人に締めつけ機に入って貰い、適正な時間と圧力を割り出し、現在では締め付け機には、ある傾向の人々の心を落ち着かせる効果があることが広く知られている。
五十〜六十年代の出来事なため、締めつけ機に対してもそうだが、性的な事柄には強く禁忌が働いている。小学三年生のグランディンがサマー・キャンプに行った時、「おっぱい」や「おちんちん」という新しい言葉を知り、その響きに取り憑かれて何度も口にするが、教師達は顔をしかめるだけで注意をしない。しないくせに、性的に早熟なふしだらな子どもという烙印を押す。それでは子どもは傷つくだけだ。今ではもっと適切な指導法が確立していると思いたい。
傷つくと言えば、グランディンの両親は離婚したのだろうか。両親の関係が悪くなっていたけど気付いていなかったとか、大学の「結婚と家族」のクラスのレポートに「結婚生活においては女は従属的である。私にとってモデルとなるべき結婚を、いまだにひとつとして見たことがない」と書き、「一九七三年のクリスマスは母の家で過ごし」たとか、ほのめかすようなことしか書いていないが、読み落としていなければ離婚したのだろう。
テンプル・グランディンの両親には興味がある。父親は短気で癇癪持ち、母親は十九歳で最初の子テンプルを産んでいる。そして両親の最終学歴は、行動障害児チェック・リストの回答によると、二人とも大学卒。学生結婚だろうか。アメリカの大学はやる気のある学生に開かれているので、少しずつ単位を取ったのかも知れないが、いずれにせよ母親は子育てをしつつの勉強だったことは想像に難くない。
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