日記、読書、映画。
機械之心
石油!
2008年 04月 30日 (水) 00:01 | 編集
ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を観る。
十九世紀末から二十世紀初頭のカリフォルニアで、山師から身を起こし、石油で財を築いたダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)の人生。
冒頭、男が一人で縦穴の底で岩を砕いている。男は金鉱石を発見するが左脚を折ってしまう。なんとか穴の底から這い上がり、道のない荒野を背中で這って行く。次の場面では人のいる建物の中で、脚には添え木がしてあるがまだ床に仰向けになったまま。次はまた穴の中だが、穴の底からは石油がわき出している……ずっと台詞はない。表情、光景、小物だけで、男の置かれた状況と性格がわかった。登場人物がぺらぺらと説明的な台詞を話したりしないのは作り手が観客を信頼しているからだし、見せる技術に自信があるのだと思った。
プレインビューの裡で育まれる黒い塊が恐ろしくも、哀れ。
プレインビューは、父親の土地から石油が出るという情報をポール・サンデーから買い、サンデー農場に出向く。そこにはポールそっくりのイーライ(ポール・ダノ)がおり、プレインビューとイーライの因縁はずっと続く。ポールとイーライが一緒に登場する場面がなかったので、この二人は同一人物ではないのかと疑ったりしたが、それはないようだった。
ポール・ダノ、『リトル・ミス・サンシャイン』では無言を貫く少年役だったが、本作では性格の違う(どちらも頭は良い)兄弟という重要な(台詞の多い)役を一人で演じ分けていた。共通点を探せば、家族の一部を憎んでいて、真実を知って取り乱す場面があるところか。美形とは言い難いが、鼻の下の溝が深く、先だけ突き出た顎が独特。古代ローマにこんな横顔の皇帝がいたような気がする。
とりつくしま
2008年 04月 28日 (月) 00:01 | 編集
東直子の『とりつくしま』(筑摩書房)を読む。連作短編集。
死んだ人に、とりつくしま係が、とりつきたい物は何かと聞いてくる。物にとりついた人は、自分の好きな人の姿を見守ることができる。
「ロージン」では、母親がロージンバッグの中身(ロージン)にとりついて、息子の野球の試合を間近で見守るが、消耗品なので、あっという間にとりつき期間が終了してしまう。「青いの」とは公園の青いジャングルジムのこと。まだ幼い男の子のことなので、ジャングルジムという言葉は知らないが、その、青いのにとりついて家族を見守る。「白檀」では扇子なので、夏の間だけ。
「ロージン」のような極端に短いものもあるが、なんとなく、最長四十九日間ではないかと思っていたが、そうではないらしい。物を選べば長く見守れる。
薦められて読んだが、死者が生者への想いを切々と語るような、涙腺を刺激されるような話ばかりだろうと想像して、最初は及び腰だった。しかし、それは誤解だった。生きていようが死んでいようが、人間の個性や事情が様々なことに変わりはなく、作者も泣かせようとは(たぶん)思っていない。「くちびる」なんか、爽やかで汗臭い青春小説そのもの。好きな人のカノジョのリップクリームになりたいって、そんな。
しんみりしたり心温まったりする中に、ちょっと読んでいて苦しくなるのが混ざっていて、そのバランス感覚が良い。
番外編で「びわの樹の下の娘」が収録されていて、これは怪談っぽかった。ただ、作中に新右衛門という名前が出てきたら、古いテレビアニメ『一休さん』の登場人物を思い出して、気持ちが本編から逸れてしまった。
ユリ科有毒
2008年 04月 27日 (日) 00:01 | 編集
suzu.jpg

今年の鈴蘭。元が荒れ地に咲く野草だからか、特に手入れをしていないのによく殖えて、今年は花芽も多く出た。
植え替えとか肥料は少なくてもいいらしい。(少ない方がいいのか?)
東京で会おう
2008年 04月 23日 (水) 00:01 | 編集
シャンサ×リシャール・コラスの『午前4時、東京で会いますか? パリ・東京 往復書簡』(大野朗子・訳、ポプラ社)を読む。
北京生まれの中国人で、フランス語で小説を書くシャン・サ(Shan Sa、山颯)と、モロッコ育ちのフランス人で現在は日本に暮らすリシャール・コラス(Richard Collasse )が、手紙をやりとりしながらの、長い長い自己紹介。
シャンサの日本語に訳された作品は全て読んでいるし、だいたいのプロフィールも、長い黒髪をした女性なことも知っているが、幼い時分に長春の祖父母の家で関東軍司令官の亡霊と遊んだとは知らなかった。前世は日本人だったらしい。溢れんばかりの才能をもっているのに、さらにエキゾチックでミステリアスな雰囲気を重ね着しなくても良いのにと思ったが、その過剰さこそが中国的だし、パリジェンヌであるために必要なのだろう(本人曰く「骨の髄までパリジェンヌ」だそうだが異論はない。パリジェンヌの条件は生まれや血ではなく、ありようだと思うので)。
表記のところどころが簡体字なのは不統一で良くない気がした。
蒋嬋
2008年 04月 22日 (火) 00:01 | 編集
張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『王妃の紋章』を観る。
唐王朝がたおれた後、五代十国時代のどこかの国。王(チョウ・ユンファ)には妻と三人の息子があった。美しい王妃(コン・リー)は血の繋がらない長男の皇太子(リィウ・イエ)と関係があり、皇太子は自らを廃して弟を皇太子に立てよと上奏している。次男の傑王子(ジェイ・チョウ)は逞しく、三男の成王子(チン・ジュンイエ)はまだ少年だった。王妃は王の調合する薬に毒が入っていることを知りつつ飲み続けていた。もうすぐ九月九日、重陽の節句なので、王妃は毒が回って震える指で菊の文様を刺繍していた。
宮廷内部が驚くような色調だった。これまでにない宮殿にしようとしたのか、柱がピンクと金色のまだらになっていて、千年前の設定とは思えなかった。いかにもスプレーペンキで塗りましたという感じで。
皇太子の恋人の蒋嬋(リー・マン)がゆで卵のような顔に切れ長の目、小作りな鼻と口で、古墳から出土した仕女俑に命が宿ったかのようだった。日本の芸能人でいうと加護亜依とか、そういう系統の顔だがもっと先鋭的。目が釘付け、目が離せなかった。動揺したときに左右がアンバランスになる顔つきもセクシー。
電動
2008年 04月 21日 (月) 00:01 | 編集
歯科検診。前回の検診から三カ月後に行くはずが五カ月後になってしまった。行こう行こうと思いながら、レントゲンで発見された虫歯が進行しているのではないか、そういえば歯が痛いような気がすると思うと、足が遠ざかっていた。
診察とレントゲン撮影の結果、虫歯は今のところ治療の必要なし、歯が痛いような気がするのは歯肉炎(そういう季節なんですよ、とのこと)、クリーニングをして終了。
歯科医師が、口の中を見て「歯肉炎も少しだけですね、きれいに磨かれてます、歯石もつきにくくなってます、良いですよ。」と言ってから、気が付いたように「何か変えました?」と聞くので、電動歯ブラシにしましたと答えたら「やっぱり」と言っていた。二カ月位前から、電動歯ブラシを使っている。
晩ごはん
2008年 04月 17日 (木) 00:01 | 編集
松井今朝子の『今朝子の晩ごはん』(ポプラ文庫)を読む。
二〇〇七年一月から六月までの夕食と、生活。元はブログの日記。
「キューピー三分クッキング」を参考にした夕食がしばしば登場。デパートなどで弁当や総菜を買ったときは「ゲット」と書いていて、その言葉遣いに最初は違和感を覚えたが、半月分も読んだら慣れた。亀を飼っていて、乗馬を楽しむ人なのか。
四人で行ったガラパゴス旅行記が番外編という感じで面白かった。一緒に行った萩尾望都の紀行マンガが解説として掲載されていて、同じ旅行でも視点が違っていて興味深い。
プロトコル
2008年 04月 16日 (水) 00:01 | 編集
平山瑞穂の『プロトコル』(実業之日本社)を読む。
株式会社ヴィヴァンに勤める有村ちさとは、数列や字列を記憶し、並べ替えたりするのが得意だったが、その能力のせいで社内で窮地に追い込まれる。
主人公のちさとは、聡明で自分なりのこだわりがある二十六歳の女性。ちさとの父親は妄想上の道連れと世界を放浪中……この父親は統合失調症だろうか。統合失調症の数学者が主人公の映画『ビューティフル・マインド』を思い出した。
平山は、社会規範から外れない登場人物を好み、傍若無人に振る舞う人物を嫌悪している気がするのだが、本作では、少し、手加減されているようだった。面白かったし、読後感も良い。
もっさい
2008年 04月 14日 (月) 00:01 | 編集
グレゴリ青山の『グレゴリ青山の もっさい中学生』(メディアファクトリー)を読む。
八十年代の京都。グレ山グレ美はもっさい中学生だった。仲の良い友達ももっさかった。
もっさいとは――野暮ったくてあかぬけないさま。京都でよく使用される言葉。だそうだが、そんな注釈がなくても、言葉の響きからすぐに意味がわかった。
関西の文化には明るくないが、面白かった。「ぎょう虫検査」のセロファン、懐かしい。
ぎょう虫検査で、体内にぎょう虫がいることが判明すると「ポキール」という薬を服用することになるのだが、あれを服むと赤い便が出ると聞いたことがある(未確認情報)。バリウムを飲むと白いのが出るように?
地球で自分だけが宇宙人ではないかと考える地味な山岡さんが、修学旅行の班分けでグレ山と同じ班になる「見えない中学生」が、可笑しくて最後に胸を打たれた。自意識過剰も中学生ならでは、なのだが。
特殊技能
2008年 04月 11日 (金) 00:01 | 編集
加門七海の『うわさの人物 神霊と生きる人々』(集英社)を読む。
神霊、神仏の世界関わる人々(一般的には霊能者と呼ばれることが多い)へのインタビュー集。
特に優れた技能をもつ職人、たとえば杜氏や宮大工の棟梁のインタビューを読んだような印象が残る。ぶれが無く、真摯で謙虚な方々ばかりであった。
赤×ピンク
2008年 04月 08日 (火) 00:01 | 編集
桜庭一樹の『赤×ピンク』(角川文庫)を読む。
六本木の廃校で、夜な夜な繰り広げられる女子の格闘興業。女の子達は何故戦うのか。
以前から面白いと言われて気になっていたが、ファミ通文庫版は入手困難だったので、ようやく読めた。
「”まゆ14歳”の死体」「ミーコ、みんなのおもちゃ」「おかえりなさい、皐月」の三編からなる連作短編集で、それぞれ語り手が異なる。二十一歳なのにサイズの小さな下着をつけて少女性を強調させられているまゆ、昼間はSMクラブで女王様をしているナイスバディのミーコ、高校時代は空手で知られていた皐月。三人とも過去に辛い経験があり、読んでいて一番危なっかしいのはまゆだったが、傷が今も開いている、じくじくと血を流し続けているのは皐月だと思った。
少女が世の中を渡っていくのに、結婚は途上にいくつかある選択肢の一つで、必ずしも救いにはならないことを作者はよくわかっている。
黄桜
2008年 04月 07日 (月) 00:01 | 編集
東京国立博物館。「国宝 薬師寺展」再び。日光菩薩、月光菩薩をじっくり、眺める。日光菩薩の方が月光よりも重いそうだが、確かに腹回りとか、日光菩薩の方が厚みがある。
両菩薩像の前で手を合わせている男の子がいた。信心深い家庭の子どもなのだろう。
開放中の庭園へ行き、さくらカフェでカフェラテを買って飲む。三百五十円。クルミの入ったクッキー、二百円。
風が吹くと桜の花びらが吹雪のよう降る。
池のそばの濃い桜色のショウフクジザクラ(正福寺)が満開で、大人気。みんながカメラを向けていた。花弁が五十から百枚と名札にあったが、落ちていた花を拾って数えても花弁は十数枚だった。どういう風に数えるのだろう。落ちていた花がショウフクジでなかった可能性もあるが。
庭園内には黄桜のギョイコウ(御衣黄)も咲いていた。蕾には桃色も入っているが、花弁は薄い黄緑。黄桜と聞いてヤマブキのような黄色を期待すると肩すかしを食うかも。
敗者復活
2008年 04月 05日 (土) 00:01 | 編集
去年播種した姫柿の鉢に水を遣ったとき、芽が出たとたんに折れて枯らしてそのままにしていた苗、一cm位の、黒い爪楊枝みたいなのを抜いたら、意外な手応え。根が張っていた。見ると、土に埋まっていた部分から脇芽が出て、新芽が展開しようとしていた。枯れてなかったのか!
あわてて埋め戻す。枯れませんように。
辛味テリチキ
2008年 04月 04日 (金) 00:01 | 編集
モスバーガーで期間限定の辛味テリヤキチキンバーガーを食べる。三百二十円。
韓国風の辛味が利いていて、おなじみのテリヤキチキンが新鮮に感じられた。でも、次回はレギュラーのテリヤキチキンバーガーを注文すると思う。
幼女無敵
2008年 04月 02日 (水) 00:01 | 編集
さいとう夫婦(さいとう克弥・小野まゆら)の『バックパッカー・ヴァイタミン』(旅行人)を読む。
『バックパッカー・パラダイス』の続き。夫婦で世界を旅していたところに娘が産まれ、親子での旅が始まる。小さな子どもがいると、移動手段や食事、宿、衛生面にも気を遣わざるをえない。一人でなら出来た無理も出来ないが、子連れだと警戒心を抱かれないので、旅先での微笑ましい交流もあるようだ。「幼女無敵」の一言に尽きよう。
一頁あたりの情報量が多いので、じっくり読んでしまう。
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