2007年
11月
30日
(金)
00:01 |
編集
セバスチャン・フィツェックの『治療島』(赤根洋子・訳、柏書房)を読む。
一人娘が行方不明になり、憔悴しきった精神科医のヴィクトル・ラーレンツは、都会を離れパルクム島の別荘で一匹の犬とひっそりと暮らしていた。そこへ美しい女性アンナ・シュピーゲルが現れ、統合失調症だが五分間だけ話を聞いて欲しいと言い、しぶしぶ話を聞き始めたラーレンツは、彼女の話に登場する幻覚の少女シャーロットと自分の娘との共通点を見出し、訝しみつつも何かを期待して彼女の話に耳を傾ける。
これから何かおそろしい真実が明かされることをほのめかされ、幾つもヒントが出されているにも関わらず、アンナの姓がシュピーゲル(鏡)なこと、今は出歩けるまで快復しているが統合失調症であることなどを考えてしまい、判断に迷いが生じて、結局、考えることを放棄し答えを求めて先を読み急いでしまった。作者の策略にまんまとひっかかったが口惜しくはない。読み終わって冷静になってみればちょっとあざといようにも思えるが。激しく動く手持ちカメラで、ドキュメンタリー風に撮った映画を観た時のような感じもする。
訳者があとがきで、本作はドイツで映画化されるが、ハリウッドで映画化されるならヴィクトルとアンナにトム・クルーズとニコール・キッドマンがいいのではないかと書いていたが、元夫婦の二人が共演するのは難しそうだし、二人が夫婦役で共演した『アイズワイドシャット』(スタンリー・キューブリック監督)を思い出すまでもなくキッドマンはアンナにしては長身すぎるし、クルーズは背が低すぎる。少なくともアンナは別の女優の方が良い。スカーレット・ヨハンソンとか。
一人娘が行方不明になり、憔悴しきった精神科医のヴィクトル・ラーレンツは、都会を離れパルクム島の別荘で一匹の犬とひっそりと暮らしていた。そこへ美しい女性アンナ・シュピーゲルが現れ、統合失調症だが五分間だけ話を聞いて欲しいと言い、しぶしぶ話を聞き始めたラーレンツは、彼女の話に登場する幻覚の少女シャーロットと自分の娘との共通点を見出し、訝しみつつも何かを期待して彼女の話に耳を傾ける。
これから何かおそろしい真実が明かされることをほのめかされ、幾つもヒントが出されているにも関わらず、アンナの姓がシュピーゲル(鏡)なこと、今は出歩けるまで快復しているが統合失調症であることなどを考えてしまい、判断に迷いが生じて、結局、考えることを放棄し答えを求めて先を読み急いでしまった。作者の策略にまんまとひっかかったが口惜しくはない。読み終わって冷静になってみればちょっとあざといようにも思えるが。激しく動く手持ちカメラで、ドキュメンタリー風に撮った映画を観た時のような感じもする。
訳者があとがきで、本作はドイツで映画化されるが、ハリウッドで映画化されるならヴィクトルとアンナにトム・クルーズとニコール・キッドマンがいいのではないかと書いていたが、元夫婦の二人が共演するのは難しそうだし、二人が夫婦役で共演した『アイズワイドシャット』(スタンリー・キューブリック監督)を思い出すまでもなくキッドマンはアンナにしては長身すぎるし、クルーズは背が低すぎる。少なくともアンナは別の女優の方が良い。スカーレット・ヨハンソンとか。
2007年
11月
28日
(水)
00:01 |
編集
秋葉原で、信号を待っていると二人組の若い女性に声をかけられた。
「すみません、この近くに郵便局はありますか」
正直に「近くない」と言うと(あー)と残念そうな顔をされたが、そばに案内表示があったので、それを指さしてもう少し先にあることを教えた。二人は礼を言って歩いていったが、台湾人のような気がした。
「すみません、この近くに郵便局はありますか」
正直に「近くない」と言うと(あー)と残念そうな顔をされたが、そばに案内表示があったので、それを指さしてもう少し先にあることを教えた。二人は礼を言って歩いていったが、台湾人のような気がした。
2007年
11月
27日
(火)
00:01 |
編集
法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』(角川文庫)を読む。
前衛彫刻家の川島伊作が病死した直後、遺作となった石膏像の首が持ち去られ、娘の江知佳が行方不明となる。そこにはかつて彼女につきまとっていたストーカーの存在が見え隠れしていた。
はじめのうちはなかなか読み進むことが出来なかったが、三分の一を過ぎたあたりから一気に読んだ。事件は解決するが、重いものが胸に残る。巻末の貴志祐介による法月綸太郎インタビューも興味深い。
前衛彫刻家の川島伊作が病死した直後、遺作となった石膏像の首が持ち去られ、娘の江知佳が行方不明となる。そこにはかつて彼女につきまとっていたストーカーの存在が見え隠れしていた。
はじめのうちはなかなか読み進むことが出来なかったが、三分の一を過ぎたあたりから一気に読んだ。事件は解決するが、重いものが胸に残る。巻末の貴志祐介による法月綸太郎インタビューも興味深い。
2007年
11月
26日
(月)
00:01 |
編集
上野から銀座まで歩く途中で日本橋高島屋に寄ったとき、地階の諸国銘菓コーナーで、山形は鶴岡の「まるやま からからせんべい」(有限会社宇佐美煎餅店)を発見。存在は知っていたが実物は初めて見たので、面白がって一袋(八個入り)を買う。九百円くらいだった。
せんべい自体は茶色で、かたくて甘い。薄くて円形の生地を三角に畳んで焼いてあり、畳んだ中に紙に包まれた小さな郷土玩具が入っている。せんべいを振ると鳴るので「からからせんべい」になったのだとどこかで聞いたことがあるが、振ってみると鳴るのと鳴らないのがある。玩具が大きいと鳴らない。鈴が入っていると、鈴の音がする。
玩具といっても小さなささやかなものだが、フォーチュン・クッキーや諸江屋の福徳(http://kikainokokoro.blog87.fc2.com/blog-entry-1.html)のように何が出るかとせんべいを割るのが楽しい。
入っていた指先ほどのこけし、顔がずれているのだがポイントは外していない。職人が電光石火の筆遣いで描いたのだろう。

せんべい自体は茶色で、かたくて甘い。薄くて円形の生地を三角に畳んで焼いてあり、畳んだ中に紙に包まれた小さな郷土玩具が入っている。せんべいを振ると鳴るので「からからせんべい」になったのだとどこかで聞いたことがあるが、振ってみると鳴るのと鳴らないのがある。玩具が大きいと鳴らない。鈴が入っていると、鈴の音がする。
玩具といっても小さなささやかなものだが、フォーチュン・クッキーや諸江屋の福徳(http://kikainokokoro.blog87.fc2.com/blog-entry-1.html)のように何が出るかとせんべいを割るのが楽しい。
入っていた指先ほどのこけし、顔がずれているのだがポイントは外していない。職人が電光石火の筆遣いで描いたのだろう。

2007年
11月
24日
(土)
00:01 |
編集
東京国立博物館平成館で開催中の特別展「大徳川展」へ。開館してすぐに入場したが、会場内は混雑している。
徳川家にはそれほど興味はないのだが、見てみたら面白かった。価値はわからないが展示品はどれも凄そうな(手の込んだ作りのだったり、豪華だったり、稀少だったりする)ものばかり。西洋甲冑を利用した鎧とか、古着のリメイクみたいで(このたとえもどうかと思うが)格好良かった。あるだけで切れそうな刀剣類や、茶道具、婚礼調度の精巧なままごと道具とか、感心した。
水戸黄門の蒔絵印籠もあった。儀礼用で未使用と思われ、黄門様はこれを持って諸国漫遊をしなかったらしい。
人が多かったのでかなり端折って見たが、一時間以上かかった。外に出ると入場制限が行われていた。
上野から秋葉原まで歩いたら調子がついて、銀座まで歩いた。
徳川家にはそれほど興味はないのだが、見てみたら面白かった。価値はわからないが展示品はどれも凄そうな(手の込んだ作りのだったり、豪華だったり、稀少だったりする)ものばかり。西洋甲冑を利用した鎧とか、古着のリメイクみたいで(このたとえもどうかと思うが)格好良かった。あるだけで切れそうな刀剣類や、茶道具、婚礼調度の精巧なままごと道具とか、感心した。
水戸黄門の蒔絵印籠もあった。儀礼用で未使用と思われ、黄門様はこれを持って諸国漫遊をしなかったらしい。
人が多かったのでかなり端折って見たが、一時間以上かかった。外に出ると入場制限が行われていた。
上野から秋葉原まで歩いたら調子がついて、銀座まで歩いた。
2007年
11月
23日
(金)
00:01 |
編集
十一月十七日(土)、青山陽一Acoustic Live!「ココダケのハナシ」。下北沢のleteで。
小さなところで、観客定員二十人で行われた。ギター一本とは思えない濃密な時間だった。
二度目のアンコールの時、観客からリクエストを募って、その中から「最後はヌード」を演奏した。かなり歌詞があやふやだったが、それもまたよし。
最後に、「カラオケに『最後はヌード』が入っているでしょう、あれ、作ったの僕です」と言って観客を驚かせていた。オリジナルの作者が演奏している……中国語なら原人原奏か。中国のテープやCDによく原人原唱と書いてあるので。例えば「趙薇 原人原唱」なら「ヴィッキー・チャオ本人による歌唱」だし。
小さなところで、観客定員二十人で行われた。ギター一本とは思えない濃密な時間だった。
二度目のアンコールの時、観客からリクエストを募って、その中から「最後はヌード」を演奏した。かなり歌詞があやふやだったが、それもまたよし。
最後に、「カラオケに『最後はヌード』が入っているでしょう、あれ、作ったの僕です」と言って観客を驚かせていた。オリジナルの作者が演奏している……中国語なら原人原奏か。中国のテープやCDによく原人原唱と書いてあるので。例えば「趙薇 原人原唱」なら「ヴィッキー・チャオ本人による歌唱」だし。
2007年
11月
22日
(木)
07:01 |
編集
公園のベンチで。会社員風の若い女性とその母親の会話から。
「……お姉ちゃんに結婚して欲しい、相手は誰でも良いからって言ってるけど、あたし、お父さんみたいな人はいや。その人が、お母さんの目の前でお姉ちゃんを殴るような人だったら、どうするの。お父さんはそうだったよ、おばあちゃんがいる前でそんなことしたんだよ。お母さんは、娘が目の前で殴られてもいいの? あたし、あの時のおばあちゃんの悲しそうな顔、忘れられない……」
「……お姉ちゃんに結婚して欲しい、相手は誰でも良いからって言ってるけど、あたし、お父さんみたいな人はいや。その人が、お母さんの目の前でお姉ちゃんを殴るような人だったら、どうするの。お父さんはそうだったよ、おばあちゃんがいる前でそんなことしたんだよ。お母さんは、娘が目の前で殴られてもいいの? あたし、あの時のおばあちゃんの悲しそうな顔、忘れられない……」
2007年
11月
20日
(火)
00:01 |
編集
エイドリアン・シェリー監督の『ウェイトレス おいしい人生のつくりかた』を観る。
ジェンナ(ケリー・ラッセル)は独創的で美味しいパイを作れるダイナーのウェイトレス。私生活では過度に束縛する夫がおり家出を計画していたが妊娠してしまう。妊娠を喜べないままクリニックで診察を受けたジェンナは、既婚の産婦人科医と恋に落ちる。
人間の悩みのほとんどは人間関係に起因する。悩みのほとんどは金銭で解決する(地獄の沙汰も金次第)――とよく言うが、それを地でいっていた。ジェンナの問題は夫であり、自由になるお金が無くてパイコンテスト(出場料二百ドル)に出場出来ないし、充分なへそくりもないので家出も出来ない。抑圧されている人間の常でジェンナは思い切った行動を起こせず、どうやって問題を解決するのか気にしつつ展開を見守った。まさか、憎いダメ亭主の脳天に落雷するとは思わなかった(嘘)、まさか夫に殺されかけて昏睡状態のジェンナが見ている夢だったとは(大嘘)
ラストシーンを見ながら、いつ足下から手が飛び出してきて足首を掴むのではないかと思った。
監督はジェンナの同僚のウェイトレス役で出演していたが、チャーミングで面白かった。
ジェンナの働く Joe's Pie Dinner に行ってみたいものだ。
ジェンナ(ケリー・ラッセル)は独創的で美味しいパイを作れるダイナーのウェイトレス。私生活では過度に束縛する夫がおり家出を計画していたが妊娠してしまう。妊娠を喜べないままクリニックで診察を受けたジェンナは、既婚の産婦人科医と恋に落ちる。
人間の悩みのほとんどは人間関係に起因する。悩みのほとんどは金銭で解決する(地獄の沙汰も金次第)――とよく言うが、それを地でいっていた。ジェンナの問題は夫であり、自由になるお金が無くてパイコンテスト(出場料二百ドル)に出場出来ないし、充分なへそくりもないので家出も出来ない。抑圧されている人間の常でジェンナは思い切った行動を起こせず、どうやって問題を解決するのか気にしつつ展開を見守った。まさか、憎いダメ亭主の脳天に落雷するとは思わなかった(嘘)、まさか夫に殺されかけて昏睡状態のジェンナが見ている夢だったとは(大嘘)
ラストシーンを見ながら、いつ足下から手が飛び出してきて足首を掴むのではないかと思った。
監督はジェンナの同僚のウェイトレス役で出演していたが、チャーミングで面白かった。
ジェンナの働く Joe's Pie Dinner に行ってみたいものだ。
2007年
11月
19日
(月)
22:01 |
編集
いただき物のお菓子。有限会社きんかどうの「大正十五年」
しっとりしたチョコレートケーキの中に羊羹が入っていたが、しつこくない甘さで、チョコレートと小豆がうまくとけあって美味しくいただいた。後味もすっきり。

しっとりしたチョコレートケーキの中に羊羹が入っていたが、しつこくない甘さで、チョコレートと小豆がうまくとけあって美味しくいただいた。後味もすっきり。

2007年
11月
19日
(月)
00:01 |
編集
ポール・グリーングラス監督の『ボーン・アルティメイタム』を観る。
記憶を奪われ、恋人を亡き者にされたジェイソン・ボーン(マット・デイモン)は、鍛え上げられた肉体と反射神経で復讐に挑む。シリーズ第三作。
スリリングでスピーディ、マット・デイモンのずっしりとした肉体が機敏に動く様に見惚れているうちに終わった。いろいろ考えると辛いが、考えないで見終われば爽快。
映画館をジェイソン・ボーンになったつもりで出てきてしまった。
記憶を奪われ、恋人を亡き者にされたジェイソン・ボーン(マット・デイモン)は、鍛え上げられた肉体と反射神経で復讐に挑む。シリーズ第三作。
スリリングでスピーディ、マット・デイモンのずっしりとした肉体が機敏に動く様に見惚れているうちに終わった。いろいろ考えると辛いが、考えないで見終われば爽快。
映画館をジェイソン・ボーンになったつもりで出てきてしまった。
2007年
11月
16日
(金)
07:01 |
編集
勝見洋一の『匂い立つ美味』(光文社文庫)を読む。
まさに匂い立つような一冊。食べ物は匂い、料理は時間を濃縮するものだと実感。たとえそれが魚を酢でしめただけでも、その魚が成長するまで海の中で過ごした時間を無視は出来ない。
匂いといえば記憶と分かちがたいが、例えば香菜の臭いとイヤな女、少年の頃に出会った美しい女とラーメンの臭いというふうに記憶と匂いがセットになって語られていて、匂いの個人史だと思った。
本書で取り上げられている臭豆腐を食べたことはないが、揚げたときの臭いは知っている。台湾で、どぶの臭いがするので、生ゴミが暑さで腐敗しているのだなと感じることが多々あったが、あるとき、そういう所には揚げた臭豆腐の屋台があることに気が付いたのだった。
臭いに怖じけて今までは避けていたが次の機会に食べてみよう。勝見は揚げたものは本来の臭豆腐の姿ではないだろうと書いているが。
まさに匂い立つような一冊。食べ物は匂い、料理は時間を濃縮するものだと実感。たとえそれが魚を酢でしめただけでも、その魚が成長するまで海の中で過ごした時間を無視は出来ない。
匂いといえば記憶と分かちがたいが、例えば香菜の臭いとイヤな女、少年の頃に出会った美しい女とラーメンの臭いというふうに記憶と匂いがセットになって語られていて、匂いの個人史だと思った。
本書で取り上げられている臭豆腐を食べたことはないが、揚げたときの臭いは知っている。台湾で、どぶの臭いがするので、生ゴミが暑さで腐敗しているのだなと感じることが多々あったが、あるとき、そういう所には揚げた臭豆腐の屋台があることに気が付いたのだった。
臭いに怖じけて今までは避けていたが次の機会に食べてみよう。勝見は揚げたものは本来の臭豆腐の姿ではないだろうと書いているが。
2007年
11月
14日
(水)
00:01 |
編集
岩井志麻子の『瞽女の啼く家』(集英社)を読む。
明治時代。岡山の和気藤村にある瞽女(ごぜ)屋敷に暮らす女達のうち、お芳、イク、瞽女頭で屋敷の主人のすわ子の三人が語り手となり、背後に迫る牛の気配を語る。
読んでいると、汗や白粉、髪油の匂いが混ざった女の体臭や、人肌の気配が立ち上ってくるようだった。語り手は三人が三人とも目が不自由だが、光は差さずとも、語られる対象に形があることはありありとわかる。わかるが形が詳らかにされることはなく、それが読者の恐怖する心をさらに育てる。きょうてえ。
明治時代。岡山の和気藤村にある瞽女(ごぜ)屋敷に暮らす女達のうち、お芳、イク、瞽女頭で屋敷の主人のすわ子の三人が語り手となり、背後に迫る牛の気配を語る。
読んでいると、汗や白粉、髪油の匂いが混ざった女の体臭や、人肌の気配が立ち上ってくるようだった。語り手は三人が三人とも目が不自由だが、光は差さずとも、語られる対象に形があることはありありとわかる。わかるが形が詳らかにされることはなく、それが読者の恐怖する心をさらに育てる。きょうてえ。
2007年
11月
13日
(火)
00:01 |
編集
小学生の頃、学校給食の献立表を見るのが好きだったが、あるとき発見した「たぬきじる」という料理名に震撼した。恐れおののいた。低学年だったと思うが、担任教師に聞いたら、「たぬき」は天かすのこと、「きつね」は油揚げのことだと教えてくれた。
本物のタヌキを食べたことがある人によると、狸の肉は臭くて食べにくいそうだが、アナグマは、豚肉に似ていてなかなか美味いらしい。
本物のタヌキを食べたことがある人によると、狸の肉は臭くて食べにくいそうだが、アナグマは、豚肉に似ていてなかなか美味いらしい。
2007年
11月
08日
(木)
00:01 |
編集
森見登美彦の『有頂天家族』(幻冬舎)を読む。
実は、人間と狸と天狗は共存しているのだが、人間は狸や天狗が隣にいることを知らずにいる。だって、人間だもの。
舞台は京都、主人公というか語り手は狸の下鴨矢三郎。化けるのが上手く、偉大な狸だった父親からは阿呆の血を濃く受け継いでいる。父は狸鍋にされて今は亡い。長兄は父の跡を継ごうと空回り気味に頑張り、次兄は蛙になって井戸の中に引き籠もっている。弟はまだ幼く、化けてもすぐに尻尾を出してしまう。母親は息子達をこの上もなく・まんべんなく愛している。ほかに神通力を失った天狗とか、妖艶な美女とか、姿を見せたことのない従妹とか、狸を愛する大学教授(農学博士)とか、さまざまな登場人物が入れ替わり立ち替わり現れ、駆けめぐる。
「食べちゃいたいほど好きなのだもの」と人間が狸に囁くとき、それが比喩でも何でもなく本当に食べることに繋がっているところがエロティックでグロテスクであった。
実は、人間と狸と天狗は共存しているのだが、人間は狸や天狗が隣にいることを知らずにいる。だって、人間だもの。
舞台は京都、主人公というか語り手は狸の下鴨矢三郎。化けるのが上手く、偉大な狸だった父親からは阿呆の血を濃く受け継いでいる。父は狸鍋にされて今は亡い。長兄は父の跡を継ごうと空回り気味に頑張り、次兄は蛙になって井戸の中に引き籠もっている。弟はまだ幼く、化けてもすぐに尻尾を出してしまう。母親は息子達をこの上もなく・まんべんなく愛している。ほかに神通力を失った天狗とか、妖艶な美女とか、姿を見せたことのない従妹とか、狸を愛する大学教授(農学博士)とか、さまざまな登場人物が入れ替わり立ち替わり現れ、駆けめぐる。
「食べちゃいたいほど好きなのだもの」と人間が狸に囁くとき、それが比喩でも何でもなく本当に食べることに繋がっているところがエロティックでグロテスクであった。
2007年
11月
07日
(水)
00:01 |
編集
森下典子の『いとしいたべもの』(世界文化社)を読む。
食べ物についてのエッセイ集。すいすい読めて、ほのぼのしたり、ニヤリとしたり。サッポロ一番みそラーメンや、ポテトサラダ、カステラといった庶民的な食べ物が登場するので、読んでいて妙に共感した。
大学生だった著者は、新製品のカップうどん「どん兵衛」が美味しいとボーイフレンドに力説するが、男は食べていないのに美味いわけがないと断じ「所詮まがいものさ」と鼻で笑う。だがしばらくして、同じ男にどん兵衛はうまいから君も食べてみろと言われたという百年の恋も冷めるエピソードに笑った。カップ麺を通して人間が見える。
ところで、桃屋のコマーシャルといえば三木のり平だが、のり平亡き後も桃屋のコマーシャルは新作が作られており、生前にたくさん録音していたのだろうかと思っていたが、本書によると、三木のり平の息子ののり一がこの仕事を継いでいるのだそうだ。息子がいることも知らなかったし、声がそっくりなことにも驚いた。
食べ物についてのエッセイ集。すいすい読めて、ほのぼのしたり、ニヤリとしたり。サッポロ一番みそラーメンや、ポテトサラダ、カステラといった庶民的な食べ物が登場するので、読んでいて妙に共感した。
大学生だった著者は、新製品のカップうどん「どん兵衛」が美味しいとボーイフレンドに力説するが、男は食べていないのに美味いわけがないと断じ「所詮まがいものさ」と鼻で笑う。だがしばらくして、同じ男にどん兵衛はうまいから君も食べてみろと言われたという百年の恋も冷めるエピソードに笑った。カップ麺を通して人間が見える。
ところで、桃屋のコマーシャルといえば三木のり平だが、のり平亡き後も桃屋のコマーシャルは新作が作られており、生前にたくさん録音していたのだろうかと思っていたが、本書によると、三木のり平の息子ののり一がこの仕事を継いでいるのだそうだ。息子がいることも知らなかったし、声がそっくりなことにも驚いた。
2007年
11月
05日
(月)
00:01 |
編集
マシュー・ボーン監督の『スターダスト』を観る。ニール・ゲイマン原作。
ウォール村に住むトリスタン(チャーリー・コックス)は、片思いのヴィクトリアにプレゼントするために流れ星を探しに行くが、星が落ちたと思しき場所には金髪の若い女性イヴェイン(クレア・デインズ)がおり、彼女こそが”星”だった。トリスタンは彼女を連れて帰ろうとするが、若さを取り戻す力のある”星”の心臓を狙う暗黒の女王(ミシェル・ファイファー)の魔の手が迫る。イヴェインが拾って身につけたルビーのペンダント(王位継承の証)を狙って、王子達もイヴェインを追う。
原作は未読だが、原作の方が面白いような気がする。良い場面もあるし、老いさらばえた魔女ラミアを演じたファイファーや、シェイクスピア船長を演じたロバート・デ・ニーロは素晴らしかったが、色々と腑に落ちないことや納得のいかないことが多かった。例えば、どうして”星”が英語を話すのか、とか。”星”が人類の女の形をとって英語を話しても構わないが、そこになんの理由も説明もないのは不親切すぎる。
ウォール村に住むトリスタン(チャーリー・コックス)は、片思いのヴィクトリアにプレゼントするために流れ星を探しに行くが、星が落ちたと思しき場所には金髪の若い女性イヴェイン(クレア・デインズ)がおり、彼女こそが”星”だった。トリスタンは彼女を連れて帰ろうとするが、若さを取り戻す力のある”星”の心臓を狙う暗黒の女王(ミシェル・ファイファー)の魔の手が迫る。イヴェインが拾って身につけたルビーのペンダント(王位継承の証)を狙って、王子達もイヴェインを追う。
原作は未読だが、原作の方が面白いような気がする。良い場面もあるし、老いさらばえた魔女ラミアを演じたファイファーや、シェイクスピア船長を演じたロバート・デ・ニーロは素晴らしかったが、色々と腑に落ちないことや納得のいかないことが多かった。例えば、どうして”星”が英語を話すのか、とか。”星”が人類の女の形をとって英語を話しても構わないが、そこになんの理由も説明もないのは不親切すぎる。
2007年
11月
02日
(金)
00:01 |
編集
この一月ばかり左の耳の下、顎の付け根が痛い。風邪かと思っていたが治らない。普段は痛くないのだが、食事の最初の一口が痛い。痛くない時もある。
歯科に定期検診に行き、顎が痛いと訴えると、初診以来何年も撮ってないからレントゲンを撮りましょうと言われる。その結果、左側の奥歯がすり減っていることとがわかった。
「歯ぎしりしてません?」と聞かれたがわからない。目が覚めた時に奥歯を噛みしめていることはある。「顎関節症です。歯を強く食いしばったり、片側だけをいつも下にして寝てたりしてもなるんです。筋肉痛みたいなものです。私も疲れていると時々なります。そのうち治ります。片方だけに荷物をもったりせず、左右のバランスをとるようにして下さい」
歯を食いしばる……思い出したのはちょうど一月前のミュンヘンのことだ。雨が降っていて寒くて、歯を食いしばっていないと歯の根が合わなかった。顎が痛み出したのはその翌日からだったかも知れない。雨の中を歩いたので風邪を引いて、リンパ腺が腫れたのかと思っていたが。
レントゲンのおかげで歯と歯の間に一カ所、虫歯が出来ていることが判明。歯磨きペーストを変えたからだろうか。難しい場所なので、次回の検診で大きくなっていたら治療するとのこと。
「いっぱい削るけど、麻酔かけてやるから痛くないです」
麻酔をかけるような大きい治療はしたことがないと言うと、歯科医は「知ってます」と笑った。
クリーニングだけしてもらう。鎮痛剤が出た。
歯科に定期検診に行き、顎が痛いと訴えると、初診以来何年も撮ってないからレントゲンを撮りましょうと言われる。その結果、左側の奥歯がすり減っていることとがわかった。
「歯ぎしりしてません?」と聞かれたがわからない。目が覚めた時に奥歯を噛みしめていることはある。「顎関節症です。歯を強く食いしばったり、片側だけをいつも下にして寝てたりしてもなるんです。筋肉痛みたいなものです。私も疲れていると時々なります。そのうち治ります。片方だけに荷物をもったりせず、左右のバランスをとるようにして下さい」
歯を食いしばる……思い出したのはちょうど一月前のミュンヘンのことだ。雨が降っていて寒くて、歯を食いしばっていないと歯の根が合わなかった。顎が痛み出したのはその翌日からだったかも知れない。雨の中を歩いたので風邪を引いて、リンパ腺が腫れたのかと思っていたが。
レントゲンのおかげで歯と歯の間に一カ所、虫歯が出来ていることが判明。歯磨きペーストを変えたからだろうか。難しい場所なので、次回の検診で大きくなっていたら治療するとのこと。
「いっぱい削るけど、麻酔かけてやるから痛くないです」
麻酔をかけるような大きい治療はしたことがないと言うと、歯科医は「知ってます」と笑った。
クリーニングだけしてもらう。鎮痛剤が出た。
2007年
11月
01日
(木)
00:01 |
編集
佐藤賢一の『剣闘士スパルタクス』(中公文庫)を読む。
古代ローマ。スパルタクスは無敗を誇る美貌の剣闘士だが、長年のパトロンの機嫌を損ねたため窮地に陥る。いずれ殺されるのではないかと思っていたところ、同じ養成所の剣闘士に誘われ、あとさき考えず脱走する。スパルタクスの下には脱走奴隷が集まってくる。
剣術に天賦の才を持つスパルタクスが、斬って斬って斬りまくる。白い砂が血にまみれる。血の臭いや、乾きかけた血が粘つく感触までもしてきそうな生々しさだった。
剣闘士養成所では大麦を食べさせて体を作るため、剣闘士は「大麦男」と呼ばれるそうだが、大麦はパンのようなものだろうか、それとも粥のように煮たものだろうか。昼間の激しい訓練のあと、木の鉢によそわれた大麦粥を無理矢理口にする少年とか、そういう場面を期待していたので、食べ物の描写が少なくて物足りなかった。が、意図的なような気もする。所帯じみたことは敢えて書かないと決めていたのかも。
古代ローマ。スパルタクスは無敗を誇る美貌の剣闘士だが、長年のパトロンの機嫌を損ねたため窮地に陥る。いずれ殺されるのではないかと思っていたところ、同じ養成所の剣闘士に誘われ、あとさき考えず脱走する。スパルタクスの下には脱走奴隷が集まってくる。
剣術に天賦の才を持つスパルタクスが、斬って斬って斬りまくる。白い砂が血にまみれる。血の臭いや、乾きかけた血が粘つく感触までもしてきそうな生々しさだった。
剣闘士養成所では大麦を食べさせて体を作るため、剣闘士は「大麦男」と呼ばれるそうだが、大麦はパンのようなものだろうか、それとも粥のように煮たものだろうか。昼間の激しい訓練のあと、木の鉢によそわれた大麦粥を無理矢理口にする少年とか、そういう場面を期待していたので、食べ物の描写が少なくて物足りなかった。が、意図的なような気もする。所帯じみたことは敢えて書かないと決めていたのかも。
home
...


