日記、読書、映画。
機械之心
自分史
2007年 07月 31日 (火) 00:01 | 編集
駅で電車を待っているとき。七十歳を幾つか過ぎた感じの女性が、「新聞社や編集者から連絡があったら、あたしに相談してね」と言ったのが聞こえた。「あの人たち、ほんとうにいい加減なんだから」
「そうねえ」と答えたのは、同じ位の年頃の女性。女学校時代からの友達、と言われればそうかと納得しそうな二人。女性の周囲で何か事件があり、無理な取材が行われているのだろうかと耳をそばだてる。
「自分史を出してベストセラーにしましょうなんて言うけど、そんなの嘘っぱちなんだから」
「わかってるわよう」
確かに、いわゆる「普通の人」の自分史がベストセラーになったという話は寡聞にして聞かない。
『ゴースト・ハウス』
2007年 07月 30日 (月) 00:01 | 編集
ダニー・パン、オキサイド・パン監督の『ゴースト・ハウス』を観る。
シカゴからノースダコタにある畑の中の一軒家に引っ越してきたソロモン家。この屋敷ではかつて怖ろしい事件があったが、誰もそれを知らず、娘のジェス(クリステン・スチュワート)だけが不吉なものを感じていた。しかしジェスが怪異に遭ったと言っても家族は信じようとしなかった。
学園映画だと思っていたら、高校生と思しきジェスは夏休みで学校に行っていなかった。
訳ありの家族が背水の陣で農村へ引っ越し、畑を耕し「大草原の小さな家」のような生活をして(電気も水道もあるが)家族の再生を図るが、なかなかうまくいかない。小さな弟は喃語しか話さないが、色んなものが見え、わかっていた。どうして怯えないのだろうと思っていたら、ちゃんとわけがあった。
要所要所で怖がらせつつ、家族の再生、或いは崩壊が描かれる。
ソロモン家の幼い息子ベン(エヴァン・ターナー、セオドア・ターナー。たぶん双子)(こないだ観た『怪談』にも赤ん坊が登場したが、あれもみみちゃん・るるちゃんという双子が演じていた)(監督のパン兄弟も双子だ)のあどけない、なんとでも取れる表情が良かった。かなりの名演。睫毛がくるんとカールしていた。
実生失敗
2007年 07月 29日 (日) 00:01 | 編集
三粒蒔いた姫柿(ロウヤガキ)のタネ、発根した二つが頭を上げ、タネの茶色い部分が緑の茎に支えられて立ち上がった。いよいよ皮を破って双葉が出るのかと見守っていたら、頭が重いのか一つが折れた。もう一つは無事。まだ発根していないタネは、腐った。
園芸書には姫柿の実生は「とり蒔き」と書いてあるし、播種から発根まで三カ月くらいかかるようなので、遅くとも三月までに蒔くのが良いらしい。
発芽には相応しい時期があるのだ。反省。
『ハイスクールU.S.A.』
2007年 07月 26日 (木) 00:01 | 編集
長谷川町蔵・山埼まどかの『ハイスクールU.S.A. アメリカ学園映画のすべて』(国書刊行会)を読む。
「これは主にアメリカのハイスクールを舞台にした映画について、長谷川町蔵と山埼まどかがしゃべりまくる本である」(「まよがき」より)という言葉に偽り無し。情報量が多く、楽しい。紹介されている映画のほとんどを見ていないが、資料価値が高い力作なのはわかる。
紹介されている映画で、テレビでも含めて視聴したことがあるのは『キャリー』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『プリティ・イン・ピンク 恋人たちの街角』『スクリーム』『ヴァージン・スーサイズ』『チアーズ!』『ウエディングシンガー』『ゴーストワールド』『エレファント』『ボウリング・フォー・コロンバイン』『アメリカン・サマー・ストーリー』『ロズウェル 星の恋人たち』『ビバリーヒルズ青春白書』くらいか。
長谷川によると『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、ティーンムービーの大傑作だが、「断じて学園映画ではない」そうだ。なるほど。
見たくなったのは『ブレックファスト・クラブ』『ウェルカム・ドールハウス』『25年目のキス』『チャレンジ・キッズ 未来に架ける子どもたち』『バス男(ナポレオン・ダイナマイト)』『ミーンガールズ』……など。
アメリカの学園映画の見方が変わった気がする。注目すべきポイントがわかったというか。
『怪談』
2007年 07月 25日 (水) 00:01 | 編集
中田秀夫監督の『怪談』を観る。原作は三遊亭圓朝(円朝)の『真景累ケ淵』。七月二十二日日曜、九段会館大ホールで試写会。
江戸、深川。父親同士の因縁を知らずに出会った豊志賀(黒木瞳)と新吉(尾上菊之助)は激しく惹かれ合う。顔の傷が元で病みついた豊志賀の看病に疲れた新吉は出奔を企てるが、豊志賀は「このあと女房をもてばかならずやとり殺す」という手紙を残して死んでしまう。新吉が江戸を出ても豊志賀の影がついて回り、新吉は時に錯乱する。
冒頭、煙草売りの新吉(尾上菊之助)が口上を述べながら町を歩くときの声が良い。すっと伸びて耳に届く。豊志賀(黒木瞳)は夏以外は薄紫の流水模様の着物を着ていて、場面が変わるごとに衣装が替わったりしないところが江戸の庶民らしかった。そして流水模様が最後の場面への伏線となっていた。巧みだ。
江戸に生きた経験はないが、薄暗かったり、光が間接的だったりするところが江戸っぽかった。煙草売りの口上は、監督と菊之助が相談して作った物らしいが、それも江戸らしさを出していた。背景を細部まで作り込んでいるから、物語が引き立つ。しかしなぜか『傷だらけの男たち』に続いてエンディングは浜崎あゆみ。
豊志賀と新吉は深く情を交わし合うが、豊志賀の情の深さは嫉妬深さと紙一重で、怨みの言葉を書き残して死んでしまう。こんな遺書を見たら、しばらくは別の女とつき合う気は持たなさそうだが、新吉はすぐに次の女のとつき合ったり、結婚したりする。試写後のトークショーで、尾上菊之助が、新吉が友達だったら注意しますと言っていたが、それを受けて平山夢明が、「(海老蔵さんとは仲が良いんですよね)海老蔵さんとはどんなことして遊ぶの?」と聞いていた。菊之助が「飲みに行ったり……」と答えると、すかさず「注意しちゃったりして?」と京極夏彦。「注意はしません、海老蔵さんは間違ってませんから」と菊之助が言うと客席が沸いていた。
この日の菊之助は蝶ネクタイに黒いジャケット、黒い細身のパンツにピカピカのエナメル靴。パンツ丈が短めなところが田中邦衛だった。
カレーチキンバーガー
2007年 07月 24日 (火) 00:01 | 編集
モスバーガーで期間限定のカレーチキンバーガーを食べる。
バンズにカレーソースに漬かったチキンカツと千切りキャベツ、マヨネーズが挟んである。カツとカレーソースが良く合う。食べ応えがあるので、プールで泳いだ昼下がりに食べたら美味しさ五割増し(推定)。
価格二百五十円(税込み)、重量165.5g、熱量375kcl
『傷だらけの男たち』
2007年 07月 23日 (月) 00:01 | 編集
アンドリュー・ラウ、アラン・マック監督の『傷だらけの男たち』を観る。
二〇〇六年、香港。三年前に恋人が自殺したポン(金城武)は、香港警察を辞めて私立探偵になり酒浸りの生活を送っていた。ポンの上司だったヘイ(トニー・レオン)はスクツァン(シュー・ジンレイ)と結婚したばかりだったが、彼女の富豪の父親チャウが強盗に殺されるという事件が起きる。犯人の二人組は分け前の取り分で仲間割れし、殺し合って死んだと思われたが、スクツァンに頼まれ独自の調査をしたポンには犯人がもう一人いるように思えた。
ヘイの義父殺しの犯人はすぐにわかるのだが、どうしてそうしたかが丹念に描かれる。
香港映画を観ると、いつもは暑そう、湿気が高そうと感じるのだが、本作だとまだ少し涼しそうだった。ポンと親しくなるビール会社の販売促進をしている(酒場でミニスカートをはいて、お運びさんをする)フォン(スー・チー)が、ファーのついたハーフコートを着ていたし。
本編には関係ないが、チャウの家にはマンという執事がいるのだが、ポロシャツにジャンパーかなんかを着ていて、執事のイメージが狂った。主人の信頼厚く、家の雑事も運転もするというのだから執事に違いないが。
香港の美しい夜景が男達が抱える傷を照らす。マカオの景色もノスタルジックで効果的。
『インファナル・アフェア』に続き本作もレオナルド・ディカプリオ主演でリメイクされるらしい。ポン役か。酒浸りなのに、つい仕事に打ち込んでしまって、酒場でクランベリージュースを頼んで笑われたりするのだろうか。それは『ディパーテッド』の話だが。

エンディングテーマは浜崎あゆみで、これは日本版だけらしい。
メキシカンモレソース
2007年 07月 20日 (金) 00:01 | 編集
モスバーガーで、ナン・タコス メキシカンモレソースを食べる。
ナンにタコスミートと生野菜……は他のナン・タコスと一緒だが、モレソースは甘いチョコレートのソースで、おっかなびっくり注文したが、怖いことはなかった。ソースが全体に占める割合は低いのでそれほど違和感はないし、こういうのもあり。
七月二十日(金)から、期間限定で「カレーチキンバーガー」が登場するという予告があった。チキンカツにカレーソース、千切りキャベツとマヨネーズという構成のようだ。
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
2007年 07月 18日 (水) 00:01 | 編集
デヴィッド・イェーツ監督の『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を観る。先行上映。
ハリー(ダニエル・ラドクリフ)は五年生になった。魔法省はヴォルデモート卿の復活を認めようとせず、ホグワーツに闇の魔術に対する防衛術の教師としてドローレス・アンブリッジ(イメルダ・スタウントン)を送り込むが、必要がないからとアンブリッジの授業は理論ばかりで実技がない。ヴォルデモート卿の復活を実感しているハリー達は、密かに有志を募って”ダンブルドア軍団”を結成、防衛術の自主練習に励む。
原作は未読。新しい登場人物にはついていけたが、展開についていくのが難しかった。
今回はハリーの初恋が見所と喧伝されていたものの、どうしてハリーがチョウ・チャン(ケイティ・ルング)に恋をしたのかがわからなかった。チョウに好意を示されて、憎からず思うようになったということか。チョウよりもマイペースで独特な雰囲気のルーナ(イヴァナ・リンチ)の方が出番も多く、存在感もあった。字幕ではルーナの台詞の「ん」は「ン」と表記(例・そうなンだ)されていて小池一夫のマンガみたいだった。字幕は戸田奈津子、監修は松岡佑子だが、これはどちらのアイデアなのか。
いじめっ子のドラコ・マルフォイ(トム・フェルトン)と、家畜番ハグリッド(ロバート・コルトレーン)はちょっとしか出てこなかった。ハグリッドの異母弟に至ってはどうして出てきたのか意味不明。次作への伏線か。
学生時代のスネイプ先生(アラン・リックマン)の姿が見られたのと、ロン(ルパート・グリント)の双子の兄達が活躍していたところは満足。おどおどした肥満児だったネビル(マシュー・ルイス)がややハンサムに成長していて驚いた。
シリーズが進むにつれ、どんどん深刻になり、死の匂いを纏うようになったきている。もうすぐ発売される原作のシリーズ最終巻で、J・K・ローリングがハリーを死なせても驚かない。

(追記)
ハリーは前作のパーティーでチョウに一目惚れしていると教えて貰った。そういえばそうだったような。片思いが両想いになったのが本作か。
『別冊太陽』『芸術新潮』
2007年 07月 17日 (火) 07:01 | 編集
台湾の故宮博物院のリニューアルオープンに伴い開催された「大観展」(二〇〇六年十二月二十五日〜二〇〇七年三月二十五日)は行っておきたかった。今更だが『別冊太陽 台北故宮博物院』を読んでいたらそう思った。
『別冊太陽』は収蔵品についての紹介しかないので、台北の故宮博物院を大特集した『芸術新潮』一月号を紐解く。故宮で働く人々(犬も)や、台北の美食処なども紹介されており、ますます旅情を刺激される。林曼麗院長の秘書、廖嘉翔さん(丸顔で眉毛がきれい)のバストアップの写真で一頁を占めていたり、故宮の収蔵品に関係ない部分が紹介されていて、却って故宮や台湾に対して興味が湧く。心が引かれる。
『チョコレート・マウンテンに沈む夕日』
2007年 07月 13日 (金) 00:01 | 編集
スーザン・エルダーキンの『チョコレート・マウンテンに沈む夕日』(奥村直史・訳、中央公論新社)を読む。
母親の死後、ロンドンからアリゾナの砂漠に移り住んだ中年男性のシオ。スロヴァキアの靴工場で働くエヴァは、アイスクリーム売りのティボルに恋をし、一緒に放浪の旅に出る。一見関係なさそうな二人の人生が交互に語られ、やがて近付いていく。
色々なものが魅力的に描写され、砂漠の一軒家(トレーラーハウス)の前にシオが作ったサボテン園を訪ねたくなったし、ティボルの特製アイスクリームを食べたくなった。
訳者あとがきに「映画、テレビドラマ、文学など、多様なジャンルの作品との戯れが随所に見受けられる」とあったが、シオが亡くなった母親の姿を思い浮かべようとして、「お母さんの台詞は自分が受け持ってでも、お母さんと話がしたい」と願うところは、『サイコ』(アルフレッド・ヒッチコック監督)をかすめそうになっていた。シオには一人娘のジョゼフィンがいるのだが、愛らしい少女が思春期を迎えて反抗的になり(理解不能なモンスターと化し)親を悩ませるところは『エクソシスト』(ウィリアム・フリードキン監督)のよう……かも。
死体の一つや二つ隠しても見つかりそうもないアメリカの広大さ、砂漠の人口密度の低さに、さすがは『悪魔のいけにえ』(トビー・フーパー監督)を生んだ国と納得。
著者紹介の欄に「現在、本書の映画化に向けてシナリオを執筆中」とあった。映画化の際は、善良そうでありながらただならぬ感じのシオ役はフィリップ・シーモア・ホフマンでお願いしたい。
『ヒステリック・サバイバー』
2007年 07月 11日 (水) 06:01 | 編集
深町秋生の『ヒステリック・サバイバー』(宝島社)を読む。
アメリカの中学生だった三橋和樹は、校内のカフェテリアでの銃乱射事件に巻き込まれ、心身に傷を負って日本に戻ってくる。銃が規制されている日本は安全だと思われたが、校内での対立、いじめなど、アメリカと同じ問題が存在していた。
最初は、どうして中学生なのだろうと思ったけれど、中学生の方が切実だからと読みながら納得した。地方都市の事情、登場人物が生々しい。
中学生や高校生は、これを読んで夏休みの読書感想文を書けばいいのに。
『「超」怖い話Κ』
2007年 07月 10日 (火) 00:01 | 編集
平山夢明の『「超」怖い話Κ(カッパ)』(竹書房文庫)を読む。実話怪談集。
頭から読み始めて、後半に行くほどに怖ろしくなっていったが、掉尾を飾る「上へ上へ」は予期せぬ話で、パンドラの函に残された希望のようだった。
それにしても『リング』のような「殲滅」は、怖くていやな話だった。教訓。普段から親しくしていない人からのコンタクトには用心しろ。
『キサラギ』
2007年 07月 09日 (月) 00:01 | 編集
佐藤祐市監督の『キサラギ』を観る。
二〇〇七年二月四日。一年前に自殺したアイドル如月ミキの一周忌追悼オフ会に集まった五人のファン。語り合ううちに自殺ではなく、他殺だったのではと言い出す者が現れ、他殺説が検証される。
仮説・検証・反論が繰り返され、一室の中で様々な事情が明らかになり、逆転があり、伏線が回収されていく。脚本がよく練られていて、客席からの笑いが絶えなかった。脚本は古沢良太。
オダ・ユージを演じたユースケ・サンタマリアの顔が、場面によってものすごく老けて見えた。
ずっと顔が映らなかった如月ミキは、最後に「大磯ロングビーチでのイベント映像」でその全貌と歌声が明らかになる。酒井香奈子の絵に描いたような”アイドル・如月ミキ”ぶりが素晴らしい。
『天安門』
2007年 07月 06日 (金) 00:01 | 編集
リービ英雄の『天安門』(講談社)を読む。芥川賞候補作「天安門」と「北京越境記」が収録されているが、どちらも短い。
エッセイなどで先に知ってしまっているが、両作とも初めての中国北京訪問に材を得ている。台湾で過ごした幼少期の回想をまじえつつ、台湾で憧れていた大陸に足を踏み入れた経験を記す。
「北京越境記」では、主人公は北京で地元の青年達と知り合い、英語と北京語で会話をしながら食事を愉しむ。このあと北京を発って上海に行くと言う主人公(日本に住んでいるアメリカ人)に、彼らは口々に上海は良くない、上海人はカネカネで友情がない、友情は北京以北にしかないと言う。そのうち、台湾に住んでいたのにどうして台湾を離れたのかと問われた主人公は答える。「両親が離婚して、父が再婚したから」「相手は、台湾人?」「いいえ、大陸の人」「大陸の、どこ」「上海」――誰も何も言わなかったが、彼ら北京人の頭の中に、他人の夫を誘惑する、妖艶な悪女が浮かんだに違いない。
ソニアとコンスタンツァ
2007年 07月 04日 (水) 00:01 | 編集
リービ英雄の『日本語を書く部屋』(岩波書店)を読む。エッセイ集。

一日、NHKスペシャル「失われた文明 インカ・マヤ 第1集 アンデス ミイラと生きる」をみていたら、ヨハン・ラインハルトの『インカに眠る氷の少女』http://kikainokokoro.blog87.fc2.com/blog-entry-61.htmlに登場したペルーのミイラ研究の第一人者でイロにあるマルキ(ミイラ)・センターのソニア・ギイェンや、アルゼンチンの若き考古学者コンスタンツァ・セルーティのお姿を拝見することが出来た。
ソニアは氷の少女・フワニータ調査の主導権争いと、他のスタッフとの確執で袂を分かつことになった女性。中年で丸顔、栗色の髪をショートカットにしていた。
ラインハルトは彼女をこう表現している。「ソニアは博士号を持っていてミイラ研究の経験もあり、各国の研究者との接触もあった。英語が流暢だったので、スペイン語を話せない学者たちは当然、彼女に引き寄せられていった。ところがときどき彼女は他人に対して無愛想になり、ちょっと人を食ったような態度を示すことがあった。」
コンスタンツァは、細面で優しげな顔立ちだった。本を読んだ時は、(コンスタンツァは黒髪で意志の強そうな目をした屈強な美女……とは書いてないが勝手に想像した)が、全然違っていた。美人ではあったが。
第2集以降にも登場するのだろうか。
ちなみに第1集の再放送は来週、七月十日火曜日深夜(水曜)零時十分より、NHK総合テレビで。
上野のネジバナ
2007年 07月 03日 (火) 00:01 | 編集
東京国立博物館へ。東洋館で拓本をみる。
本館地下のミュージアムショップが改装のため閉まっていて、本館内に臨時でショップを設けるとアナウンスがあったが、それもまだ開いておらず、東洋館一階の小さいところだけが営業中。
前庭の芝生にネジバナが咲いていた。花期の終わりに近いせいなのか、今年はネジバナの数が少ないような気がした。
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『ゾディアック』
2007年 07月 02日 (月) 00:01 | 編集
デビッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』を観る。
アメリカ、一九六九年七月四日。車の中にいたカップルが襲撃され、女性は死亡、男性も重傷を負うが、数週間後、新聞社宛に犯人から犯行声明が届く。ゾディアックと名乗る犯人は未解決事件も自分がやったと告白し、これからも殺人を続けると予告し、その通りになったりならなかったりする。新聞記者、諷刺漫画家、刑事達はゾディアック事件にのめり込む。
実際にあった未解決連続殺人事件が元になっており、殺人犯に長期間翻弄されるという点で『殺人の追憶』(ポン・ジュノ監督)に似ているが、鑑賞中は気が付かなかった。上映時間が少し長いような気がしたが、事件が長期に渡っていたのだから仕方ない、と妙なところで納得しそうになりつつ、引き込まれた。
新聞社の諷刺漫画家のグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)は才能があるものの対人関係に難がありそうな男で、ずっとチェックのシャツを着ていた。最後になって横棒がなくなってストライプになっていたが。
六十〜七十年代のアメリカの風俗が描かれていて、最初の方でグレイスミスが息子と並んでコーヒーを飲む時のカップがファイヤーキング(のアイボリー?)とか、そういうところを面白がった。
氷室饅頭
2007年 07月 01日 (日) 05:01 | 編集
普通の酒饅頭だが、七月一日、いわゆる氷室の朔日(ついたち)に食べると、病気をしないと言われている、氷室饅頭。
将軍に献上する氷室氷が無事に届くよう神社に饅頭を供えて祈願した故事にちなんでいるとも言われているが、土用の丑の日に鰻を食べるように、金沢あたりでは六月三十日、七月一日に氷室饅頭を食べる。もらったりあげたりしつつ、食べる。そういうものだと思っているので、他地域の人が饅頭を食べないことを知ると衝撃を受ける。らしい。

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一つ二つ食べて、日持ちしないので冷凍した。
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