2007年
04月
30日
(月)
23:01 |
編集
お茶の水の全電通労働会館ホールで行われたSFセミナーに行った。昼間の本会だけで、合宿には参加しなかった。
【「奇想天外」の時代】
雑誌『奇想天外』の編集長だった曽根忠穂が語る『奇想天外』。高校生の新井素子がデビューした雑誌としか知らなかったが、型にとらわれない、作り手が楽しんで作っていた雑誌という感じがした。せっかく壇上にいるのに福本直美さんにほとんど話を振らないのはいかがなものか。
【アヴラム・デイヴィッドスンの思い出を語る】
アヴラム・デイヴィッドスンと結婚していたこともあり、生涯を通じて親交のあったグラニア・デイヴィスが語るアヴラム・デイヴィッドスン。最初に中村融が、「デイヴィッドスンと出会った時、あなたは十八歳でデイヴィッドスンは三十八歳でしたが、どんな出会いでしたか」と聞いた。
「(知り合いにデイヴィッドスンの住所を教わり)e-mailもない時代で、電話番号も知らなかったので彼のアパートを訪ねたの。私は若くて、少しは魅力的だったので、ドアを叩いた私を、彼は『どうぞ』と中に入れたの。彼は何でも知っていて、何を聞いても答えてくれたわ」
二人はすぐに結婚し、息子イーサンをもうけるが二年で離婚。
「あなたに十八歳の娘がいたとして、彼女が三十八歳の、ひげもじゃの男の家を訪問したいと言ったらどうしますか」と聞けば良かった。
グラニア・デイヴィスの英語はゆっくりで聞きやすかったし、通訳の人がいたので話の内容は理解出来た。終わってから「英語がだいたいわかった人」「少しわかった人」「全然わからなかった人」と挙手をさせられたが、「半分くらいわかった人」というのがなかったので挙手出来なかった。とはいえ、本当は少ししか聞き取れなかったのかもという気もする。イグアナの番(つがい)を捕まえて送って寄越された話をしたとき、イが聞こえず、「グァナ」という謎のアニマルの話だと思って笑いながら聞いていたし。
【高橋良輔インタビュー リアルロボットの向こう側】
聞き手は牧紀子。今年の本会では一番聞きやすい、良い司会だった。残念なことは、紹介されたアニメのほとんどを知らなかったこと。見せられたオープニングや予告はどれも面白そうだった。
【こうして《異形》は十年を迎えた】
オリジナル・アンソロジー「異形コレクション」を編集する井上雅彦と、「異形コレクション」に寄稿している作家の牧野修、平山夢明、北原尚彦が語る。司会は日下三蔵。
ここで話を聞いた限りでは、《異形》は才能のある作家に支えられていると思った。
異形コレクションは公募を行っていたが、現在は行っていない。残り時間一分というところで「公募は再開しないのですか」という質問が出たが、井上雅彦の答えは「この質問があると思っていました。これからは新人を発掘するだけでなく、新人が活躍出来る場を作っていきたいと思っています」……とうぶん公募は行わないということだろうか。
会場でジョン・スコルジーの『老人と宇宙(そら)』(内田昌之・訳、ハヤカワ文庫)を買った。
【「奇想天外」の時代】
雑誌『奇想天外』の編集長だった曽根忠穂が語る『奇想天外』。高校生の新井素子がデビューした雑誌としか知らなかったが、型にとらわれない、作り手が楽しんで作っていた雑誌という感じがした。せっかく壇上にいるのに福本直美さんにほとんど話を振らないのはいかがなものか。
【アヴラム・デイヴィッドスンの思い出を語る】
アヴラム・デイヴィッドスンと結婚していたこともあり、生涯を通じて親交のあったグラニア・デイヴィスが語るアヴラム・デイヴィッドスン。最初に中村融が、「デイヴィッドスンと出会った時、あなたは十八歳でデイヴィッドスンは三十八歳でしたが、どんな出会いでしたか」と聞いた。
「(知り合いにデイヴィッドスンの住所を教わり)e-mailもない時代で、電話番号も知らなかったので彼のアパートを訪ねたの。私は若くて、少しは魅力的だったので、ドアを叩いた私を、彼は『どうぞ』と中に入れたの。彼は何でも知っていて、何を聞いても答えてくれたわ」
二人はすぐに結婚し、息子イーサンをもうけるが二年で離婚。
「あなたに十八歳の娘がいたとして、彼女が三十八歳の、ひげもじゃの男の家を訪問したいと言ったらどうしますか」と聞けば良かった。
グラニア・デイヴィスの英語はゆっくりで聞きやすかったし、通訳の人がいたので話の内容は理解出来た。終わってから「英語がだいたいわかった人」「少しわかった人」「全然わからなかった人」と挙手をさせられたが、「半分くらいわかった人」というのがなかったので挙手出来なかった。とはいえ、本当は少ししか聞き取れなかったのかもという気もする。イグアナの番(つがい)を捕まえて送って寄越された話をしたとき、イが聞こえず、「グァナ」という謎のアニマルの話だと思って笑いながら聞いていたし。
【高橋良輔インタビュー リアルロボットの向こう側】
聞き手は牧紀子。今年の本会では一番聞きやすい、良い司会だった。残念なことは、紹介されたアニメのほとんどを知らなかったこと。見せられたオープニングや予告はどれも面白そうだった。
【こうして《異形》は十年を迎えた】
オリジナル・アンソロジー「異形コレクション」を編集する井上雅彦と、「異形コレクション」に寄稿している作家の牧野修、平山夢明、北原尚彦が語る。司会は日下三蔵。
ここで話を聞いた限りでは、《異形》は才能のある作家に支えられていると思った。
異形コレクションは公募を行っていたが、現在は行っていない。残り時間一分というところで「公募は再開しないのですか」という質問が出たが、井上雅彦の答えは「この質問があると思っていました。これからは新人を発掘するだけでなく、新人が活躍出来る場を作っていきたいと思っています」……とうぶん公募は行わないということだろうか。
会場でジョン・スコルジーの『老人と宇宙(そら)』(内田昌之・訳、ハヤカワ文庫)を買った。
2007年
04月
29日
(日)
06:01 |
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ロウヤガキ(老鴉柿)(姫柿ともいう)のタネを蒔く。三粒。
新潟銘菓の「柿の種」よりも厚みがあるというか、丸い。
どんな花が咲くか、実が成るか、育ってみるまでわからないのが実生の楽しみだが、それはずっと先の話。しかも雌雄異株なので、全部がオスかメスだったら実はならない。
新潟銘菓の「柿の種」よりも厚みがあるというか、丸い。
どんな花が咲くか、実が成るか、育ってみるまでわからないのが実生の楽しみだが、それはずっと先の話。しかも雌雄異株なので、全部がオスかメスだったら実はならない。
2007年
04月
27日
(金)
00:01 |
編集
梶尾真治の『つばき、時跳び』(平凡社)を読む。
駆け出しの歴史小説家の井納惇(私)は、熊本市郊外に祖父の遺した日本家屋「百椿庵」(ひゃくちんあん)に住むことになったが、この家には美しい女の幽霊が出ると言われていた。引っ越しきて程なく惇も目撃するが、女は幽霊ではなく、およそ百五十年前の時代を生きているつばきだった。
タイトルでわかるように、時間テーマのSFで、しかも肥後SFだった。どちらもカジシンの得意とするところなので面白くないわけがない。破天荒な描写は控え目で、江戸時代を生きる、家事万能で奥ゆかしく、しかも美しいつばきとの穏やかな交流がほとんどを占める。江戸時代の良さ、わけても女性の素晴らしさを説くこの感じ(江戸時代の女は男を立てるし、家事もよくやるし、いいよねー)が石川英輔の『大江戸神仙伝』(現代の東京に生きる中年男性が、江戸時代でいな吉という十代の美人芸者を愛人にする話。江戸時代に関するうんちくが多くて面白い)を思わせる、と思ったら、本書の中でも挙げられていた。カジシンも意識しているらしい。『大江戸…』とは違って、濡れ場は一切無かったが。
束の間の時間を共有し、つばきと惇の間に再び百年の時が横たわる。約束の場所で惇がつばきからの手紙を発見するくだりは胸を打つ。
クライマックスでSFだったことを思い出させられた。
駆け出しの歴史小説家の井納惇(私)は、熊本市郊外に祖父の遺した日本家屋「百椿庵」(ひゃくちんあん)に住むことになったが、この家には美しい女の幽霊が出ると言われていた。引っ越しきて程なく惇も目撃するが、女は幽霊ではなく、およそ百五十年前の時代を生きているつばきだった。
タイトルでわかるように、時間テーマのSFで、しかも肥後SFだった。どちらもカジシンの得意とするところなので面白くないわけがない。破天荒な描写は控え目で、江戸時代を生きる、家事万能で奥ゆかしく、しかも美しいつばきとの穏やかな交流がほとんどを占める。江戸時代の良さ、わけても女性の素晴らしさを説くこの感じ(江戸時代の女は男を立てるし、家事もよくやるし、いいよねー)が石川英輔の『大江戸神仙伝』(現代の東京に生きる中年男性が、江戸時代でいな吉という十代の美人芸者を愛人にする話。江戸時代に関するうんちくが多くて面白い)を思わせる、と思ったら、本書の中でも挙げられていた。カジシンも意識しているらしい。『大江戸…』とは違って、濡れ場は一切無かったが。
束の間の時間を共有し、つばきと惇の間に再び百年の時が横たわる。約束の場所で惇がつばきからの手紙を発見するくだりは胸を打つ。
クライマックスでSFだったことを思い出させられた。
2007年
04月
25日
(水)
07:01 |
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何年か前に、丈夫だからともらった鈴蘭が今年も咲いた。あまり手入れをしなくても、毎年枯れずに咲いてくれる。
スズランという和名だが、ラン科ではなく、ユリ科。
葉の下に隠れるように咲く様はまさに "Lily of the valley" 谷間の百合という風情。
ドイツでは花の付き方から「天国への階段」と呼ばれるが、鈴蘭に毒があることと関係あるのだろうか。

スズランという和名だが、ラン科ではなく、ユリ科。
葉の下に隠れるように咲く様はまさに "Lily of the valley" 谷間の百合という風情。
ドイツでは花の付き方から「天国への階段」と呼ばれるが、鈴蘭に毒があることと関係あるのだろうか。

2007年
04月
24日
(火)
00:01 |
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万城目学の『鴨川ホルモー』(産業編集センター)を読む。
二浪して京都大学に入った俺(安倍)は、葵祭のアルバイトの後で勧誘され、京大青竜会という何をやっているのかよくわからないサークルに入る。同じ新入生で鼻の美しい早良京子とあわよくば親しくなりたくて。やがてこのサークルの目的が「ホルモー」という競技だと明らかになる。
モルホー、京都市中で繰り広げられるかくれんぼか、鬼ごっこかと思っていたが、もっとスケールが大きかった。京都市中という縛りはあるが、違うベクトルで壮大。ほとんどの読者がモルホーに関して疑問に感じることは、「まあ待て、ものには順序があるのだ」と言わんばかりに、物語の進行ととともに明かになり、謎はあらかた解ける。解けない部分は想像する。
奇想天外でありながら、卑近で面白かった。森見登美彦の『太陽の塔』(新潮社)と並べたい。
カバーイラストは石居麻耶。背景は写実的だが、手前に描かれる四人(読めばわかるが五人ではなく?)の顔が白粉でも塗っているように白くて浮いている。一人はバカ殿か。青竜会の揃いの青い浴衣を着ているのだが、三人描かれている男の帯が結ばれているように見えない。それは気のせいかもしれないが、三人ともおはしょりがあるのは変。男物の長着は対丈で仕立てるのでお端折はつくらない。一人なら借り物の浴衣なので丈が長くて腰揚げをしている設定かも知れないと思うが、その時でも普通は帯の下になるようにする。
二浪して京都大学に入った俺(安倍)は、葵祭のアルバイトの後で勧誘され、京大青竜会という何をやっているのかよくわからないサークルに入る。同じ新入生で鼻の美しい早良京子とあわよくば親しくなりたくて。やがてこのサークルの目的が「ホルモー」という競技だと明らかになる。
モルホー、京都市中で繰り広げられるかくれんぼか、鬼ごっこかと思っていたが、もっとスケールが大きかった。京都市中という縛りはあるが、違うベクトルで壮大。ほとんどの読者がモルホーに関して疑問に感じることは、「まあ待て、ものには順序があるのだ」と言わんばかりに、物語の進行ととともに明かになり、謎はあらかた解ける。解けない部分は想像する。
奇想天外でありながら、卑近で面白かった。森見登美彦の『太陽の塔』(新潮社)と並べたい。
カバーイラストは石居麻耶。背景は写実的だが、手前に描かれる四人(読めばわかるが五人ではなく?)の顔が白粉でも塗っているように白くて浮いている。一人はバカ殿か。青竜会の揃いの青い浴衣を着ているのだが、三人描かれている男の帯が結ばれているように見えない。それは気のせいかもしれないが、三人ともおはしょりがあるのは変。男物の長着は対丈で仕立てるのでお端折はつくらない。一人なら借り物の浴衣なので丈が長くて腰揚げをしている設定かも知れないと思うが、その時でも普通は帯の下になるようにする。
2007年
04月
23日
(月)
00:01 |
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エドワード・ズウィック監督の『ブラッド・ダイヤモンド』を観る。
一九九〇年代、アフリカ、シエラレオネ。漁師のソロモン・バンディ(ジャイモン・フンスー)は妻と幼い子ども達と暮らしていたが、ある日、反政府組織RUFが村を襲撃し、息子はさらわれ、自身は腕を切断されるところをダイヤモンド採石場に連行され強制労働をさせられる。原石を盗もうものならその場で殺されるが、巨大な原石を発見したソロモンはそれを盗んで隠す。ダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)はローデシア(ジンバブエ)出身の元傭兵でダイヤの密売人だが、ダイヤのことを聞きつけソロモンと接触する。
冒頭の、ソロモンが息子を起こして学校に行くように促す場面、それにに続く、授業が終わった息子と漁を終えたソロモンが家路を辿る場面があまりに長閑で、これから先はきっと血で血を洗うような怖ろしい場面ばかりだろうと覚悟をする。動き出したばかりのジェットコースターが、最初の落下前はゆっくりなように。
屈強なフンスーが肉体労働(水に漬かりザルで泥をすくってダイヤモンドの原石を探す)をしていても何とも思わないが、中学生位の息子ディア(カギソ・クイバーズ)が、少年兵として銃を持たされるのは見ていて辛く、最初と最後以外はスクリーンから血と硝煙の匂いが立ちこめるようだった。
ジェニファー・コネリー演じるアメリカ人記者のマディー・ボウエンは、知的で勇敢だが、ソロモンの妻子が収容されている難民キャンプに行く時、どうしてあんなにシャツのボタンを外しているのだろう。見えるわけがないのに、見えるのではないかと気になって仕方がなかった。それほどお色気成分が少ない映画だったわけだが。
上官と部下、教師と生徒といった人間関係では、裏切ったり、信頼されなかったりしたが、唯一、父と息子の絆だけは強固であった。感動的なエピソードだったが、アメリカ人は父と子の絆を神話のように大事にするからと水を差すようなことを思った。
アメリカのご婦人が婚約指環に大きなダイヤモンドを欲しがる(だからダイヤが高値で取り引きされる)という台詞があったが、パリス・ヒルトンが婚約した時は、巨大なイエロー・ダイヤが婚約指環だった。その後、「婚約指環が黄色いダイヤってのも変よね?」とかなんとか言って、もう一つ、無色のダイヤの指環を手にしていたが、あれもそうとう大きかったので、「アメリカのご婦人」と聞いて、真っ先に彼女を思い出した。(ミス・ヒルトンの婚約は既に解消されている)
紛争ダイヤは買わない。ディカプリオと約束だ。
一九九〇年代、アフリカ、シエラレオネ。漁師のソロモン・バンディ(ジャイモン・フンスー)は妻と幼い子ども達と暮らしていたが、ある日、反政府組織RUFが村を襲撃し、息子はさらわれ、自身は腕を切断されるところをダイヤモンド採石場に連行され強制労働をさせられる。原石を盗もうものならその場で殺されるが、巨大な原石を発見したソロモンはそれを盗んで隠す。ダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)はローデシア(ジンバブエ)出身の元傭兵でダイヤの密売人だが、ダイヤのことを聞きつけソロモンと接触する。
冒頭の、ソロモンが息子を起こして学校に行くように促す場面、それにに続く、授業が終わった息子と漁を終えたソロモンが家路を辿る場面があまりに長閑で、これから先はきっと血で血を洗うような怖ろしい場面ばかりだろうと覚悟をする。動き出したばかりのジェットコースターが、最初の落下前はゆっくりなように。
屈強なフンスーが肉体労働(水に漬かりザルで泥をすくってダイヤモンドの原石を探す)をしていても何とも思わないが、中学生位の息子ディア(カギソ・クイバーズ)が、少年兵として銃を持たされるのは見ていて辛く、最初と最後以外はスクリーンから血と硝煙の匂いが立ちこめるようだった。
ジェニファー・コネリー演じるアメリカ人記者のマディー・ボウエンは、知的で勇敢だが、ソロモンの妻子が収容されている難民キャンプに行く時、どうしてあんなにシャツのボタンを外しているのだろう。見えるわけがないのに、見えるのではないかと気になって仕方がなかった。それほどお色気成分が少ない映画だったわけだが。
上官と部下、教師と生徒といった人間関係では、裏切ったり、信頼されなかったりしたが、唯一、父と息子の絆だけは強固であった。感動的なエピソードだったが、アメリカ人は父と子の絆を神話のように大事にするからと水を差すようなことを思った。
アメリカのご婦人が婚約指環に大きなダイヤモンドを欲しがる(だからダイヤが高値で取り引きされる)という台詞があったが、パリス・ヒルトンが婚約した時は、巨大なイエロー・ダイヤが婚約指環だった。その後、「婚約指環が黄色いダイヤってのも変よね?」とかなんとか言って、もう一つ、無色のダイヤの指環を手にしていたが、あれもそうとう大きかったので、「アメリカのご婦人」と聞いて、真っ先に彼女を思い出した。(ミス・ヒルトンの婚約は既に解消されている)
紛争ダイヤは買わない。ディカプリオと約束だ。
2007年
04月
20日
(金)
00:01 |
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万城目学の『鹿男あをによし』(幻冬舎)を読む。
「おれ」は研究室の教授に頼まれて、研究を一時中断してしぶしぶ二学期の間だけ奈良の女子高で科学の教師をすることになる。赴任早々に生徒にからかわれて腹を立てたり、わけもなく敵意をぶつけられて落ち込むこともしばしばだったが、同僚にも恵まれ、なんとかやっていけそうだと思われた。
遅刻した生徒(女子高なので女子)の言い訳が、マイ鹿に乗ってきたら、駐禁を取られてしまったから。「奈良の人間は、鹿に乗るんです」
そんなわけはないとは思っても、奈良の人間ではないので「奈良ではそうです」と言われると、文化が違えばそういうこともあるかも、と一瞬受容しそうになる。しないけど。このあたりから『鹿男』世界にぐぐっと引き込まれた。
ライトノベルの分類でいくと学園ファンタジーだろうか。主人公が二十八歳なので、ラノベのルールからは外れる(主人公は十代というのがあるらしい。出典があやふやだが。そして例外はある)けれど、それ以外はラノベだった。最初のうち主人公とそりが合わない堀田(生徒)は、共に困難を乗り越えてうち解けるので、見ようによってはツンデレだし。
奈良を舞台にしたファンタジー小説であり、剣道小説でもあった。
カバーのイラストは『鴨川ホルモー』と同じ石居麻耶だが、『鹿男』の方がなんとなく好い。
京都、奈良と来て、次作は大阪を舞台にするのだろうか。
「おれ」は研究室の教授に頼まれて、研究を一時中断してしぶしぶ二学期の間だけ奈良の女子高で科学の教師をすることになる。赴任早々に生徒にからかわれて腹を立てたり、わけもなく敵意をぶつけられて落ち込むこともしばしばだったが、同僚にも恵まれ、なんとかやっていけそうだと思われた。
遅刻した生徒(女子高なので女子)の言い訳が、マイ鹿に乗ってきたら、駐禁を取られてしまったから。「奈良の人間は、鹿に乗るんです」
そんなわけはないとは思っても、奈良の人間ではないので「奈良ではそうです」と言われると、文化が違えばそういうこともあるかも、と一瞬受容しそうになる。しないけど。このあたりから『鹿男』世界にぐぐっと引き込まれた。
ライトノベルの分類でいくと学園ファンタジーだろうか。主人公が二十八歳なので、ラノベのルールからは外れる(主人公は十代というのがあるらしい。出典があやふやだが。そして例外はある)けれど、それ以外はラノベだった。最初のうち主人公とそりが合わない堀田(生徒)は、共に困難を乗り越えてうち解けるので、見ようによってはツンデレだし。
奈良を舞台にしたファンタジー小説であり、剣道小説でもあった。
カバーのイラストは『鴨川ホルモー』と同じ石居麻耶だが、『鹿男』の方がなんとなく好い。
京都、奈良と来て、次作は大阪を舞台にするのだろうか。
2007年
04月
19日
(木)
00:01 |
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ダイ・シージエの『バルザックと中国の小さなお針子』(新島進・訳、ハヤカワepi文庫)を読む。
一九七一年、中国。父親が歯科医の羅(ルオ)と両親が医師の馬(マー)、二人の若者は知識階級の反革命分子とみなされ、再教育のため電気も水道も時計もない鳳凰山に下放される。そこで出会った仕立屋の娘・小裁縫はこのあたりで一番の美女で、羅と小裁縫は恋に落ちる。羅は彼女を教養のある娘にすべく、禁断の西洋文学を読んで聞かせる。
『中国の小さなお針子』(ダイ・シージエ監督)を観たことがあるので、読みながら光景がありありと浮かんできた。小裁縫を演じた周迅(ジョウ・シュン)の若々しいエロスが匂うようであった。
羅も馬も、自分たちが親元へ帰されることはないと思い、いつ果てるとも知れない肉体労働に従事している。村長の命令で片道に二日かかるふもとの町に行って映画を観たり(その映画の筋を村人の前でおもしろ可笑しく語るため)、小裁縫と話す位しか楽しみのない閉塞的な状況にある。しかしながら、『丁庄の夢』を読んだ後では、お伽話のよう。未来に暗雲は立ちこめておらず、人々の素朴さ、自然の雄大さが印象に残る。
一九七一年、中国。父親が歯科医の羅(ルオ)と両親が医師の馬(マー)、二人の若者は知識階級の反革命分子とみなされ、再教育のため電気も水道も時計もない鳳凰山に下放される。そこで出会った仕立屋の娘・小裁縫はこのあたりで一番の美女で、羅と小裁縫は恋に落ちる。羅は彼女を教養のある娘にすべく、禁断の西洋文学を読んで聞かせる。
『中国の小さなお針子』(ダイ・シージエ監督)を観たことがあるので、読みながら光景がありありと浮かんできた。小裁縫を演じた周迅(ジョウ・シュン)の若々しいエロスが匂うようであった。
羅も馬も、自分たちが親元へ帰されることはないと思い、いつ果てるとも知れない肉体労働に従事している。村長の命令で片道に二日かかるふもとの町に行って映画を観たり(その映画の筋を村人の前でおもしろ可笑しく語るため)、小裁縫と話す位しか楽しみのない閉塞的な状況にある。しかしながら、『丁庄の夢』を読んだ後では、お伽話のよう。未来に暗雲は立ちこめておらず、人々の素朴さ、自然の雄大さが印象に残る。
2007年
04月
18日
(水)
00:01 |
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古い缶詰の詰め合わせを処分するため開缶。膨らんだパイナップルの缶詰は缶切りで穴を開けた瞬間(予想されたことだが)ガスと共にシロップを吹き出した。以後は水を張ったボウルの中で穴を開けた。
桃の缶詰を開けたら、シロップもそうだが桃が見事に真っ黒になっていた。黒蜜の匂いがした。一九九三年八月製造。十四年経つと桃は黒くなることを知った。

桃の缶詰を開けたら、シロップもそうだが桃が見事に真っ黒になっていた。黒蜜の匂いがした。一九九三年八月製造。十四年経つと桃は黒くなることを知った。

2007年
04月
17日
(火)
00:01 |
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『鴨川ホルモー』は面白いらししいねと言われて耳を疑った。評判良いねと返事をしながら動揺していた。『鴨川モルホー』だとずっと思っていたのだ。
書店で本を手にして、著者の姓がマンジョメでもマンジョウメでもなく、マキメと訓むことを知って驚きを新たにした。「モルホー」と叫びたい気持ちになった。
恥ずかしいので『鴨川ホルモー』ではなく、『鹿男あをによし』読書中。
書店で本を手にして、著者の姓がマンジョメでもマンジョウメでもなく、マキメと訓むことを知って驚きを新たにした。「モルホー」と叫びたい気持ちになった。
恥ずかしいので『鴨川ホルモー』ではなく、『鹿男あをによし』読書中。
2007年
04月
16日
(月)
05:01 |
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閻連科(えん・れんか、Yan Lianke)の『丁庄の夢 中国エイズ村奇談』(谷川毅・訳、河出書房新社、原題『丁庄夢』)を読む。
カバーに使われている写真は、土饅頭の前にしゃがんでいる少年で、眉を寄せた顔を横のカメラの方に向けているので、土饅頭にロウソクと一緒にそなえられている二枚の写真に写っている中年の男女が彼の両親であり、墓の主だとわかる。深刻なドキュメンタリーだと思い、少し前に書店で見た時はなんとなく避けたが、小説だった。物語の体裁をとっていた。夢中になって一気に読んだ。まず、男の子が道に落ちていたトマトを食べて死ぬ。毒が盛られていたのだ。男の子は丁小強、十二歳。若すぎたため家の墓には埋葬されず、家の裏の塀の下に埋められ、語り手となり、河南省の東部、黄河南岸の貧しい村・丁庄の盛衰を語り出す。
「私」の祖父、丁水陽は少し学があるため、正式な教員ではないが村の学校で教えたこともあり、六十歳の今でも学校に住んで鐘を鳴らしている。真面目で村人から信頼されている。父の丁輝は一目置かれる人物になりたくて、売血が奨励された時、売血をとりまとめ、畑に出ている人の所まで出掛けて採血し、財を築いた。そのため、売血した人やその家族が熱病にかかって死ぬようになると村中から憎まれ、家畜に毒を盛られ、息子も殺される。祖父は父に皆に謝れとしきりに促すが、父は怒って聞き入れず、もっとカネを稼いで都会に住むことを画策する。祖父は熱病にかかった患者を学校に集めて共同生活を始めるが、平穏なのは初めのうちだけだった。
小さな村に蔓延する病、続く葬儀と棺桶……モチーフだけは小野不由美の『屍鬼』と重なるが、救いの無さは『屍鬼』どころの話ではない。死んだ少年が語り手というフィクションの手法を取っているが、書かれていることは現実の出来事に材を取っている。どういう理由かは判然としない(血液製剤を大量生産したかったのだろうか?)が売血が推奨され、現金収入のない貧しい人々が血を売った。その時の脱脂綿や注射針の使い回しのためエイズが蔓延し、住民が次々と亡くなっている村があるのだ。一つや二つではなく。
「私」の語りは事実を淡々と描写するスタイルなため、「私」を忘れて読んでいることもしばしばだった。「私」は父である丁輝も誰も慕うような口ぶりは見せない。読み進むうちに丁輝がそうとうの悪人であることがわかるが、「私」の態度は変わらない。が、ついに、「私」は取り乱す。自身に関わることでどうしても許せないことが起きた時、「私」は祖父に助けを求め、祖父は夢でその声を聞く。「お祖父ちゃん、僕、行きたくないよ、ここから離れたくないよ、――助けてお祖父ちゃん――」
独身で死んだ者同士を結婚させる、冥婚という習慣がある。死後の世界で夫婦となり、あの世で仲良く暮らして欲しいという遺族の願いの表れだが、「私」は父によって菱子という年上の娘と一緒にさせられそうになる。生まれつき足が悪く、持病があり、持病の発作で川に落ちて死んだ娘で、「菱子の霊魂は女性の中でもっとも醜い」(なぜ醜いのかはわからないが、病気のせいではないと思いたい。本人のあずかり知らぬところで醜かったのかも知れない)のに、息子と夫婦にして村から離れた墓所に埋葬しようとする。菱子の父は県長で、いずれ東京(トンチン)の市長になる実力者だからだ。丁輝は村人はおろか、親兄弟も裏切るが、自分のせいで死んだ(殺された)息子も平気で利用する。生きている者が一番怖ろしいなどと簡単でありふれた感想を述べるのは申し訳ない。
クライマックスの、衝撃的な、あるいは予想された出来事があり、その後、三カ月ぶりに戻ってきた丁水陽は村を歩き回るが、病気の者は死に、生きている者は離れ、無人になっていた。同じような無人の村、鎮は中原だけで百にもなる。
雨が降る光景で物語は幕を閉じる。これで一つの村が終わったのではない。終わりが始まったのだ。
カバーに使われている写真は、土饅頭の前にしゃがんでいる少年で、眉を寄せた顔を横のカメラの方に向けているので、土饅頭にロウソクと一緒にそなえられている二枚の写真に写っている中年の男女が彼の両親であり、墓の主だとわかる。深刻なドキュメンタリーだと思い、少し前に書店で見た時はなんとなく避けたが、小説だった。物語の体裁をとっていた。夢中になって一気に読んだ。まず、男の子が道に落ちていたトマトを食べて死ぬ。毒が盛られていたのだ。男の子は丁小強、十二歳。若すぎたため家の墓には埋葬されず、家の裏の塀の下に埋められ、語り手となり、河南省の東部、黄河南岸の貧しい村・丁庄の盛衰を語り出す。
「私」の祖父、丁水陽は少し学があるため、正式な教員ではないが村の学校で教えたこともあり、六十歳の今でも学校に住んで鐘を鳴らしている。真面目で村人から信頼されている。父の丁輝は一目置かれる人物になりたくて、売血が奨励された時、売血をとりまとめ、畑に出ている人の所まで出掛けて採血し、財を築いた。そのため、売血した人やその家族が熱病にかかって死ぬようになると村中から憎まれ、家畜に毒を盛られ、息子も殺される。祖父は父に皆に謝れとしきりに促すが、父は怒って聞き入れず、もっとカネを稼いで都会に住むことを画策する。祖父は熱病にかかった患者を学校に集めて共同生活を始めるが、平穏なのは初めのうちだけだった。
小さな村に蔓延する病、続く葬儀と棺桶……モチーフだけは小野不由美の『屍鬼』と重なるが、救いの無さは『屍鬼』どころの話ではない。死んだ少年が語り手というフィクションの手法を取っているが、書かれていることは現実の出来事に材を取っている。どういう理由かは判然としない(血液製剤を大量生産したかったのだろうか?)が売血が推奨され、現金収入のない貧しい人々が血を売った。その時の脱脂綿や注射針の使い回しのためエイズが蔓延し、住民が次々と亡くなっている村があるのだ。一つや二つではなく。
「私」の語りは事実を淡々と描写するスタイルなため、「私」を忘れて読んでいることもしばしばだった。「私」は父である丁輝も誰も慕うような口ぶりは見せない。読み進むうちに丁輝がそうとうの悪人であることがわかるが、「私」の態度は変わらない。が、ついに、「私」は取り乱す。自身に関わることでどうしても許せないことが起きた時、「私」は祖父に助けを求め、祖父は夢でその声を聞く。「お祖父ちゃん、僕、行きたくないよ、ここから離れたくないよ、――助けてお祖父ちゃん――」
独身で死んだ者同士を結婚させる、冥婚という習慣がある。死後の世界で夫婦となり、あの世で仲良く暮らして欲しいという遺族の願いの表れだが、「私」は父によって菱子という年上の娘と一緒にさせられそうになる。生まれつき足が悪く、持病があり、持病の発作で川に落ちて死んだ娘で、「菱子の霊魂は女性の中でもっとも醜い」(なぜ醜いのかはわからないが、病気のせいではないと思いたい。本人のあずかり知らぬところで醜かったのかも知れない)のに、息子と夫婦にして村から離れた墓所に埋葬しようとする。菱子の父は県長で、いずれ東京(トンチン)の市長になる実力者だからだ。丁輝は村人はおろか、親兄弟も裏切るが、自分のせいで死んだ(殺された)息子も平気で利用する。生きている者が一番怖ろしいなどと簡単でありふれた感想を述べるのは申し訳ない。
クライマックスの、衝撃的な、あるいは予想された出来事があり、その後、三カ月ぶりに戻ってきた丁水陽は村を歩き回るが、病気の者は死に、生きている者は離れ、無人になっていた。同じような無人の村、鎮は中原だけで百にもなる。
雨が降る光景で物語は幕を閉じる。これで一つの村が終わったのではない。終わりが始まったのだ。
2007年
04月
15日
(日)
17:01 |
編集
笙野頼子の『一、二、三、死、今日を生きよう! 成田参拝』(集英社)を読む。連作短編。
先日『金毘羅』を読んだので、成田山に参るのかと思いこんで読み始めたら、成田山ではなく、成田だった。カバーが小さな神社のすぐ上を腹を見せて飛ぶ航空機の写真なのに。人間というのは、自分が見たいものだけを選んで見ているものだ。
「成田参拝」は千葉の佐倉に住んでいる作家の「私」が、編集者の猫尾るる子と一緒に成田へ行って見聞してきた一部始終。空港ではなく、空港に土地を譲ることを拒否して、農業をし漬け物工場を営む人々のエリアに足を踏み入れる。ここに来ると警察に尾行され、写真を撮られるので、二度は行けないのだそうだ。ここで元は航空神社だった(今は別の神様を招来している)小さな神社を参拝している。航空機運航の妨げになると言われ、神社の木は短く刈り込まれてほとんど丸裸だが、若木が植えられ、供え物がされ、まだ生きている神社だった。
十一月六日に死ぬと何者かに告げられた「私」は、死にたくはないものの死の準備を整える――「一、二、三、死、今日を生きよう!」。家の中を片付け、飼い猫たちのそれぞれの餌の種類や量を書き出し、新しい白い下着を準備し、親しい編集者に六日と七日に電話をして欲しいと頼む(編集者は五日にも電話を寄越した)。だが「私」は死を告げた相手が誰かを見破り、その名を言い当て、死を免れる。展開が古典的な怪異のスタイルを踏襲していたし、助かるための方法も昔ながらのものだが、名を言い当てるのは難しい。
こうして粗筋を書いても意味がないし、読んで笑ったり泣いたりすることもないが、日常生活で忘れている信仰や、規範としている思考様式、成田闘争についてえぐられ、読んでいて揺さぶりをかけられた。突き詰めて誤魔化さず、芯にあるものを露わにすること。これが純文学なのか。
先日『金毘羅』を読んだので、成田山に参るのかと思いこんで読み始めたら、成田山ではなく、成田だった。カバーが小さな神社のすぐ上を腹を見せて飛ぶ航空機の写真なのに。人間というのは、自分が見たいものだけを選んで見ているものだ。
「成田参拝」は千葉の佐倉に住んでいる作家の「私」が、編集者の猫尾るる子と一緒に成田へ行って見聞してきた一部始終。空港ではなく、空港に土地を譲ることを拒否して、農業をし漬け物工場を営む人々のエリアに足を踏み入れる。ここに来ると警察に尾行され、写真を撮られるので、二度は行けないのだそうだ。ここで元は航空神社だった(今は別の神様を招来している)小さな神社を参拝している。航空機運航の妨げになると言われ、神社の木は短く刈り込まれてほとんど丸裸だが、若木が植えられ、供え物がされ、まだ生きている神社だった。
十一月六日に死ぬと何者かに告げられた「私」は、死にたくはないものの死の準備を整える――「一、二、三、死、今日を生きよう!」。家の中を片付け、飼い猫たちのそれぞれの餌の種類や量を書き出し、新しい白い下着を準備し、親しい編集者に六日と七日に電話をして欲しいと頼む(編集者は五日にも電話を寄越した)。だが「私」は死を告げた相手が誰かを見破り、その名を言い当て、死を免れる。展開が古典的な怪異のスタイルを踏襲していたし、助かるための方法も昔ながらのものだが、名を言い当てるのは難しい。
こうして粗筋を書いても意味がないし、読んで笑ったり泣いたりすることもないが、日常生活で忘れている信仰や、規範としている思考様式、成田闘争についてえぐられ、読んでいて揺さぶりをかけられた。突き詰めて誤魔化さず、芯にあるものを露わにすること。これが純文学なのか。
2007年
04月
13日
(金)
00:01 |
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加門七海の『怪談徒然草』(メディアファクトリー)を読む。
幼少時から霊的に敏感だった加門七海が自ら体験した怪しい出来事を語るという趣向で、語り口のせいかすいすい読むことが出来た。
こんな不思議なことがあるのかと感心しつつも、寺社や怪異に対する距離の取り方が、加門を災いから遠ざけているのだと思った。
寺社には敬意を払い(少なくとも不敬にならないようにし)、不吉な怪異には立ち向かわず、避ける。
笙野頼子を同時に読んでいたのだが、身に降りかかる怪異に対する処置の仕方が加門と似ていた。こうするより他はないのだろう。
掉尾を飾る「三角屋敷を巡る話 完全封印版」で、三角の土地や建物は家相が良くないことを初めて知った。
「三角屋敷」の話そのものも怖くて面白かったが、本当だったらイヤすぎる。
幼少時から霊的に敏感だった加門七海が自ら体験した怪しい出来事を語るという趣向で、語り口のせいかすいすい読むことが出来た。
こんな不思議なことがあるのかと感心しつつも、寺社や怪異に対する距離の取り方が、加門を災いから遠ざけているのだと思った。
寺社には敬意を払い(少なくとも不敬にならないようにし)、不吉な怪異には立ち向かわず、避ける。
笙野頼子を同時に読んでいたのだが、身に降りかかる怪異に対する処置の仕方が加門と似ていた。こうするより他はないのだろう。
掉尾を飾る「三角屋敷を巡る話 完全封印版」で、三角の土地や建物は家相が良くないことを初めて知った。
「三角屋敷」の話そのものも怖くて面白かったが、本当だったらイヤすぎる。
2007年
04月
11日
(水)
08:01 |
編集
クレジットカードのデータが盗まれたため、新カードが発行され届けられた。(これに先立ってカード会社から、データを盗まれてごめんなさいという内容の詫び状と、額面五百円のQUOカードが送られてきていた)
現在使用中のものは今月いっぱいで使えなくなるので、廃棄し、公共料金などを毎月カードで払っている方は、新しいカード番号を登録して下さいとあった。たいていはネット上でカード番号を変更できたが、一つ、もう五年くらい使っていないが使用料は毎月払っていたプロバイダのログインパスワードが思い出せず、出来なかった。以前にも解約しようとして出来なかったことを思い出し、プロバイダに郵便でパスワードを請求した。それが一週間前。
葉書で届いたログインパスワードは、英数字の無意味な羅列で、見ても思い出せなかった。
まず、支払い方法を変更し、続いて解約した。解約の理由は? という質問があったが選択肢に「使っていないから」というのはなかった。十数年前に最初に契約したプロバイダだったが、クリック一つであっと言う間に済んだ。
そのプロバイダの電子メールのアドレスを再び使うこともあるかもとそのままにしていたが、結局使わなかった。月に二百十円、一年で二五二〇円、五年で一二六〇〇円……敢えて言う、もったいなくない。必要経費。
現在使用中のものは今月いっぱいで使えなくなるので、廃棄し、公共料金などを毎月カードで払っている方は、新しいカード番号を登録して下さいとあった。たいていはネット上でカード番号を変更できたが、一つ、もう五年くらい使っていないが使用料は毎月払っていたプロバイダのログインパスワードが思い出せず、出来なかった。以前にも解約しようとして出来なかったことを思い出し、プロバイダに郵便でパスワードを請求した。それが一週間前。
葉書で届いたログインパスワードは、英数字の無意味な羅列で、見ても思い出せなかった。
まず、支払い方法を変更し、続いて解約した。解約の理由は? という質問があったが選択肢に「使っていないから」というのはなかった。十数年前に最初に契約したプロバイダだったが、クリック一つであっと言う間に済んだ。
そのプロバイダの電子メールのアドレスを再び使うこともあるかもとそのままにしていたが、結局使わなかった。月に二百十円、一年で二五二〇円、五年で一二六〇〇円……敢えて言う、もったいなくない。必要経費。
2007年
04月
10日
(火)
00:01 |
編集
堤幸彦監督の『大帝の剣』を観る。原作は夢枕獏。
祖父の形見であるオリハルコンの大剣を持つ万源九郎(阿部寛)は、同じくオリハルコンで出来た十字架と独鈷杵を探しており、剣と併せた”三種の神器”を手にした者は強大な力を得ることが出来るとされ、求める者は他にもいた。源九郎は豊臣の血を引くゆえに徳川に命を狙われる娘、舞(長谷川京子)と出会うが、舞の身体には遠い宇宙から来た異星人ランが乗り移っていた。ランは敵を追って地球に落ちてきたのであり、彼らもまたオリハルコンを求めていた。
役者は熱演・怪演しているのに散漫な印象。もっと短く刈り詰めて、テンポ良くして欲しかった。予告編が面白いから、きっと本編はイマイチなんだろうとは思って覚悟はしていたが。良いところもあるから悪いところが目に余る。
阿部寛は日本のヒュー・グラント。長谷川京子の骨の太そうな腰が据わった感じが良い。虫を操る黒虫(六平直政)の異能についての説明はナシ。オリハルコンも異星人の能力も借りていない自前で、真っ黒でパプアニューギニアのお化けのようだった。ただの美しい悪女だと思っていた杉本彩演じる姫夜叉も異能の人というか妖怪だった。全裸になってもバストトップは髪の毛で絶対見えない。謎の美剣士・牡丹(黒木メイサ)はかっこいい。
終わってから前田愛が出ていることに気付いたが、冒頭のエピソードの、身代金目当てにさらわれて、両腕を木の枝に縛られて白い二の腕を見せていた娘だった。
地球人とはまったく違う地球外生物が宇宙からやってくると言えば、『惑星からの物体X』(ジョン・カーペンター監督)や、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやりかた』、大原まり子の『エイリアン刑事(デカ)』を思い出す。
祖父の形見であるオリハルコンの大剣を持つ万源九郎(阿部寛)は、同じくオリハルコンで出来た十字架と独鈷杵を探しており、剣と併せた”三種の神器”を手にした者は強大な力を得ることが出来るとされ、求める者は他にもいた。源九郎は豊臣の血を引くゆえに徳川に命を狙われる娘、舞(長谷川京子)と出会うが、舞の身体には遠い宇宙から来た異星人ランが乗り移っていた。ランは敵を追って地球に落ちてきたのであり、彼らもまたオリハルコンを求めていた。
役者は熱演・怪演しているのに散漫な印象。もっと短く刈り詰めて、テンポ良くして欲しかった。予告編が面白いから、きっと本編はイマイチなんだろうとは思って覚悟はしていたが。良いところもあるから悪いところが目に余る。
阿部寛は日本のヒュー・グラント。長谷川京子の骨の太そうな腰が据わった感じが良い。虫を操る黒虫(六平直政)の異能についての説明はナシ。オリハルコンも異星人の能力も借りていない自前で、真っ黒でパプアニューギニアのお化けのようだった。ただの美しい悪女だと思っていた杉本彩演じる姫夜叉も異能の人というか妖怪だった。全裸になってもバストトップは髪の毛で絶対見えない。謎の美剣士・牡丹(黒木メイサ)はかっこいい。
終わってから前田愛が出ていることに気付いたが、冒頭のエピソードの、身代金目当てにさらわれて、両腕を木の枝に縛られて白い二の腕を見せていた娘だった。
地球人とはまったく違う地球外生物が宇宙からやってくると言えば、『惑星からの物体X』(ジョン・カーペンター監督)や、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやりかた』、大原まり子の『エイリアン刑事(デカ)』を思い出す。
2007年
04月
09日
(月)
00:01 |
編集
野村美月の『”文学少女”と飢え渇く幽霊(ゴースト)』(ファミ通文庫)を読む。
夜の校庭を彷徨う、モデルチェンジ以前の旧い制服を着た九條香夜乃と名乗る少女は、雨宮蛍(ほたる)と瓜二つだった。
エミリ・ブロンテの『嵐が丘』が下敷きになっており、『嵐が丘』のテーマは復讐。『嵐が丘』が大きすぎて引きずられた感があったが、文芸部の天野遠子は物語をむしゃむしゃ食べる文学少女ぶりだし、遠子の後輩で彼女に良いように使われる井上心葉も相変わらず、心葉を嫌いだと断言したことがある琴吹ななせも遠子の前ではなんだか可愛らしく、色んなカードを持っている姫倉麻貴が物語を進ませる。レギュラーキャラクターの会話や活躍を読むだけで満足できた。(蛍とつき合っている櫻井流人は遠子が居候している家の子で、これからレギュラーになるのかも?)
後半で事情が雪崩を打つように明らかになるくだりは、マサラムービー(インド映画)かと思った。小説だが。
本編には関係ないが、養護教諭の蛍への指導はいかがなものか。摂食障害が疑われる女子生徒に、ダイエットの必要はない、食べる努力をしなさいとプレッシャーをかけ、栄養剤を出して終わり……は普通なのだろうか。生徒の多い学園らしいので忙しくていちいち指導していられないかも知れないが、栄養剤よりはカロリーメイトのようなものを出しそうな気がする。
蛍は病を得ており、文学上で美少女の病といえば白血病だが、すごく痩せていて脳貧血をおこして倒れることもあり、摂食障害のように食べないという症状があるが、わりと無茶もやっているので別の病気に思える。白血病だとしたら積極的な治療をしていないとか。肝炎か、腎不全だろうか。若者の死に至る病は多い
夜の校庭を彷徨う、モデルチェンジ以前の旧い制服を着た九條香夜乃と名乗る少女は、雨宮蛍(ほたる)と瓜二つだった。
エミリ・ブロンテの『嵐が丘』が下敷きになっており、『嵐が丘』のテーマは復讐。『嵐が丘』が大きすぎて引きずられた感があったが、文芸部の天野遠子は物語をむしゃむしゃ食べる文学少女ぶりだし、遠子の後輩で彼女に良いように使われる井上心葉も相変わらず、心葉を嫌いだと断言したことがある琴吹ななせも遠子の前ではなんだか可愛らしく、色んなカードを持っている姫倉麻貴が物語を進ませる。レギュラーキャラクターの会話や活躍を読むだけで満足できた。(蛍とつき合っている櫻井流人は遠子が居候している家の子で、これからレギュラーになるのかも?)
後半で事情が雪崩を打つように明らかになるくだりは、マサラムービー(インド映画)かと思った。小説だが。
本編には関係ないが、養護教諭の蛍への指導はいかがなものか。摂食障害が疑われる女子生徒に、ダイエットの必要はない、食べる努力をしなさいとプレッシャーをかけ、栄養剤を出して終わり……は普通なのだろうか。生徒の多い学園らしいので忙しくていちいち指導していられないかも知れないが、栄養剤よりはカロリーメイトのようなものを出しそうな気がする。
蛍は病を得ており、文学上で美少女の病といえば白血病だが、すごく痩せていて脳貧血をおこして倒れることもあり、摂食障害のように食べないという症状があるが、わりと無茶もやっているので別の病気に思える。白血病だとしたら積極的な治療をしていないとか。肝炎か、腎不全だろうか。若者の死に至る病は多い
2007年
04月
08日
(日)
00:01 |
編集
首長選挙の期日前投票をしに役所に行く。
ずっと前、従姉妹が投票日にスキーに行くので不在者投票に行ったら、「そんな理由で」と馬鹿にされたと憤慨していたが、今は理由も詮索されず(一応、仕事のため・レジャーのため・病気のためなどの理由を選ぶように指示される)、すんなり投票出来る。ありがたい。
たまにしか来ない場所なので、きょろきょろしてしまう。殺風景で白っぽい食堂はどんなものを食べさせてくるのだろうかと考えてみたり。ものすごく美味い、ということは無さそうではある(想像)。

期日前投票をする本当の理由は、投票所の方が遠いから。
ずっと前、従姉妹が投票日にスキーに行くので不在者投票に行ったら、「そんな理由で」と馬鹿にされたと憤慨していたが、今は理由も詮索されず(一応、仕事のため・レジャーのため・病気のためなどの理由を選ぶように指示される)、すんなり投票出来る。ありがたい。
たまにしか来ない場所なので、きょろきょろしてしまう。殺風景で白っぽい食堂はどんなものを食べさせてくるのだろうかと考えてみたり。ものすごく美味い、ということは無さそうではある(想像)。

期日前投票をする本当の理由は、投票所の方が遠いから。
2007年
04月
07日
(土)
09:01 |
編集
auのサイトで、MEDIA SKIN のスペシャルカラー・エディションの人気投票を行っている。四月十九日まで。
五色のうち、気に入った一色に投票し、もっとも票を集めた色を製品化するとのこと。
PASTEL BLUE(水色)、 BROWN(茶色)、 PINK(濃い桃色)、PASTEL PINK(桃色)、 RED(赤、モニターだと朱赤に見える)
この中から PASTEL BLUE (水色)に投票する。これも汚れやすそうだが、製品化の暁には何か手は打たれるのだろうか。
五色のうち、気に入った一色に投票し、もっとも票を集めた色を製品化するとのこと。
PASTEL BLUE(水色)、 BROWN(茶色)、 PINK(濃い桃色)、PASTEL PINK(桃色)、 RED(赤、モニターだと朱赤に見える)
この中から PASTEL BLUE (水色)に投票する。これも汚れやすそうだが、製品化の暁には何か手は打たれるのだろうか。
2007年
04月
06日
(金)
00:01 |
編集
携帯電話をauの MEDIA SKIN に替え、データを移して使い始めた。操作にまだ慣れていないので何年も音信のない相手に誤って架電してしまい、慌て切って、ついでにアドレス帳から削除してみたり。
半日ばかりポケットに入れていたら、角の部分をはじめ全体が何ヶ月も使って手垢にまみれたみたいに黒ずんでいた。白だったらもっと目立つだろう。黒にしておくべきだったと後悔する。汚れは消しゴムで落ちたが、これはあんまりだと落胆する。漆でも塗りたい気分。
半日ばかりポケットに入れていたら、角の部分をはじめ全体が何ヶ月も使って手垢にまみれたみたいに黒ずんでいた。白だったらもっと目立つだろう。黒にしておくべきだったと後悔する。汚れは消しゴムで落ちたが、これはあんまりだと落胆する。漆でも塗りたい気分。
2007年
04月
05日
(木)
08:01 |
編集
ペプシコーラに、ルクルーゼの鍋を象ったマグネットが付いていた。オマケにしてはなかなか良くできていて、ペプシを一本買った。
後日、スーパーに行ったらペプシが特売で、一箱買うとオマケの鍋が八種類全部揃いそうだったので、うっかり買ってしまう。まさに大人買い。重くて子どもには持って帰れまい。運んでいるうちに、手を入れている段ボールの穴が裂けた。
コンプリートしたからどうということもないが、嬉しい。集って楽しい。
このささやかな達成感のために、人はコンプリートを目指すのか。

後日、スーパーに行ったらペプシが特売で、一箱買うとオマケの鍋が八種類全部揃いそうだったので、うっかり買ってしまう。まさに大人買い。重くて子どもには持って帰れまい。運んでいるうちに、手を入れている段ボールの穴が裂けた。
コンプリートしたからどうということもないが、嬉しい。集って楽しい。
このささやかな達成感のために、人はコンプリートを目指すのか。

2007年
04月
04日
(水)
00:01 |
編集
ナンシー・メイヤーズ監督の『ホリデイ』を観る。
ロサンゼルスの映画予告編制作者アマンダ(キャメロン・ディアス)は、一緒に暮らしていた恋人に裏切られる。ロンドンの新聞社に勤めるアイリス(ケイト・ウィンスレット)は、三年間思い続けた男が婚約したことを全社員の前で知らされる。傷心の二人はネットで知り合い、互いの家を交換して二週間の休暇を過ごすことにする。
社会的に成功している女性アマンダの家は豪邸。部屋は広いし電化されているし、天井も高く、アマンダは長い脚を存分に使って歩いている。ロンドン郊外にあるという設定のアイリスのローズコテージは、小さくて古びているけれど居心地の良さそうな家で、キャメロン・ディアスが家の前に立つととても小さく見えた。トイレは風呂場の近くという先入観があったせいか、階段の下の、天井が斜めになっている小さなスペースがトイレになっているのに驚いた。『ハリー・ポッター』では、ハリーの部屋は叔母さんの家の階段下の小部屋だった。
イギリスに来たアマンダは牧草地に囲まれたローズコテージが静かすぎて、すぐに帰ろうとするが、泥酔してやってきたアイリスの兄(ジュード・ロウ)とあっと言う間に親密になる。酔っているしホリデイで出会った行きずりの相手だし、と気やすく関係を持ってしまうのだが、どうやらセックス以外の相性も良さそうだと気付いてオロオロし出すところが、可愛らしい。と、映画は盛り上がっていくのだが、後の席に十二歳位の女子が二人で来ていて(両親と来ていると思ったら、他人だった)、うるさくてうんざりさせられた。自宅の居間にいるかのようにスナック菓子を音を立てて食べまくり、「えーと、つまり、どういうわけ?」「もーこの人達キスし過ぎ」としゃべるのを止めない。その上、上映中に二人一緒に三回もトイレに行き(三回目は帰ってこなかった)、そのたび「すいませんすいません」と言いながら通るのだった。礼儀正しいが行儀は悪い。一回、ヘッドレストと一緒に髪を掴まれて驚いた。
ロサンゼルスの映画予告編制作者アマンダ(キャメロン・ディアス)は、一緒に暮らしていた恋人に裏切られる。ロンドンの新聞社に勤めるアイリス(ケイト・ウィンスレット)は、三年間思い続けた男が婚約したことを全社員の前で知らされる。傷心の二人はネットで知り合い、互いの家を交換して二週間の休暇を過ごすことにする。
社会的に成功している女性アマンダの家は豪邸。部屋は広いし電化されているし、天井も高く、アマンダは長い脚を存分に使って歩いている。ロンドン郊外にあるという設定のアイリスのローズコテージは、小さくて古びているけれど居心地の良さそうな家で、キャメロン・ディアスが家の前に立つととても小さく見えた。トイレは風呂場の近くという先入観があったせいか、階段の下の、天井が斜めになっている小さなスペースがトイレになっているのに驚いた。『ハリー・ポッター』では、ハリーの部屋は叔母さんの家の階段下の小部屋だった。
イギリスに来たアマンダは牧草地に囲まれたローズコテージが静かすぎて、すぐに帰ろうとするが、泥酔してやってきたアイリスの兄(ジュード・ロウ)とあっと言う間に親密になる。酔っているしホリデイで出会った行きずりの相手だし、と気やすく関係を持ってしまうのだが、どうやらセックス以外の相性も良さそうだと気付いてオロオロし出すところが、可愛らしい。と、映画は盛り上がっていくのだが、後の席に十二歳位の女子が二人で来ていて(両親と来ていると思ったら、他人だった)、うるさくてうんざりさせられた。自宅の居間にいるかのようにスナック菓子を音を立てて食べまくり、「えーと、つまり、どういうわけ?」「もーこの人達キスし過ぎ」としゃべるのを止めない。その上、上映中に二人一緒に三回もトイレに行き(三回目は帰ってこなかった)、そのたび「すいませんすいません」と言いながら通るのだった。礼儀正しいが行儀は悪い。一回、ヘッドレストと一緒に髪を掴まれて驚いた。
2007年
04月
03日
(火)
00:01 |
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青山潤の『アフリカにょろり旅』(講談社)を読む。ノンフィクション。
熱帯ウナギのラビアータ種を捕獲するため、アフリカで右往左往し、疲弊する二人の若き研究者。著者の青山という人は、大学院に進む前に青年海外協力隊にいたこともあり、発展途上国で経験する困難にも慣れていて慎重なのだが、やはり暑さには勝てないし、アクシデントもある。目的は達せられず、時間だけがアフリカで無為に過ぎる。
帯に書かれているほど(「謎の熱帯ウナギ捕獲に命をかけた研究者の爆笑アフリカ冒険記」)笑いはしなかったが、興味深く読んだ。表現で違和感を覚えた部分もあったが、得難い経験をした一般の人が書いたと思えば気にならない。
古くは万葉集に歌われ、あちこちで養殖されているウナギだが、捕獲したシラスを育てているに過ぎない。生態は最近までよくわかっていなかったし、タマゴも見つかっていない。
「ウナギは、新月の夜、マリアナの海山で産卵する」
そうだったのか。
熱帯ウナギのラビアータ種を捕獲するため、アフリカで右往左往し、疲弊する二人の若き研究者。著者の青山という人は、大学院に進む前に青年海外協力隊にいたこともあり、発展途上国で経験する困難にも慣れていて慎重なのだが、やはり暑さには勝てないし、アクシデントもある。目的は達せられず、時間だけがアフリカで無為に過ぎる。
帯に書かれているほど(「謎の熱帯ウナギ捕獲に命をかけた研究者の爆笑アフリカ冒険記」)笑いはしなかったが、興味深く読んだ。表現で違和感を覚えた部分もあったが、得難い経験をした一般の人が書いたと思えば気にならない。
古くは万葉集に歌われ、あちこちで養殖されているウナギだが、捕獲したシラスを育てているに過ぎない。生態は最近までよくわかっていなかったし、タマゴも見つかっていない。
「ウナギは、新月の夜、マリアナの海山で産卵する」
そうだったのか。
2007年
04月
02日
(月)
00:01 |
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トニー・スコット監督の『デジャヴ』を観る。
ニューオリンズはマルディグラで賑わっていたが、フェリーが爆発し大惨事となる。ATF(アルコール・タバコ・火器局)の捜査員ダグ・カーリン(デンゼル・ワシントン)は遺留品からテロだと見抜く。同じ頃、若い女性クレア(ポーラ・パットン)の遺体が発見され、火傷を負っていたためテロの犠牲者だと思われたが彼女は爆発以前に殺されていた。
テロリストは誰か、クレアは何故殺されたのか、この二つの謎は地道な捜査と、四日前の光景が見える秘密兵器で明かされ、カーリン捜査員は過去に戻ってクレアの命を救おうとする。脚本の構成が良く考えられていて、『バブルへGO!!』のスタッフはこれを観て反省すべき。
あんなカーチェイス初めて見た。最後はどう収まりをつけるか心配したが、強引になんとかなった。それでいいのかと驚いているとカーラジオのビーチボーイズが "Don't worry Baby "と歌い出すグッドタイミングに、それ以上考えるのを止めた。面白かったからよし。
ニューオリンズはマルディグラで賑わっていたが、フェリーが爆発し大惨事となる。ATF(アルコール・タバコ・火器局)の捜査員ダグ・カーリン(デンゼル・ワシントン)は遺留品からテロだと見抜く。同じ頃、若い女性クレア(ポーラ・パットン)の遺体が発見され、火傷を負っていたためテロの犠牲者だと思われたが彼女は爆発以前に殺されていた。
テロリストは誰か、クレアは何故殺されたのか、この二つの謎は地道な捜査と、四日前の光景が見える秘密兵器で明かされ、カーリン捜査員は過去に戻ってクレアの命を救おうとする。脚本の構成が良く考えられていて、『バブルへGO!!』のスタッフはこれを観て反省すべき。
あんなカーチェイス初めて見た。最後はどう収まりをつけるか心配したが、強引になんとかなった。それでいいのかと驚いているとカーラジオのビーチボーイズが "Don't worry Baby "と歌い出すグッドタイミングに、それ以上考えるのを止めた。面白かったからよし。
2007年
04月
01日
(日)
00:01 |
編集
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